第五話 「俺たちの池袋」

 

池袋のいけふくろう前は絶対に人が多いから駅の地下街にある北海道のアンテナショップ前で待ち合わせをしようと言ったのはモト子だった。オレンジ色で全体が統一された明るい店の前でユウイチが待っていると正面奥にモト子の姿が見えた。モト子はユウイチに近づきながら既に何かに爆笑していて、ユウイチは近づいてくるモト子に表情だけで「何?」と言った。モト子は両手で口元を抑えながら嬉しそうな顔でユウイチの前まで来て「小野さん今日はスーツじゃない!」と言って笑った。そんなモト子にユウイチはたっぷり熱を込めてこう答えた「雨だから、ね!」

 

4回目のデートで初めての雨。しかも、土砂降りだった。

 

本当であれば南池袋公園に行く予定であった。過去3回のデートから自分のプランがことごとく流れる事を学んだユウイチは今回こそはと事前にモト子にお伺いを立て、今日の池袋デートではユウイチのプラン「南池袋公園で散歩&カフェデート」が採用されるはずだった。それなのに、である。地上へ出る階段の入り口近くではザァァと雨の音がしっかり聞こえて、それだけで十分地上の大雨具合を知る事が出来た。

 

「で?第二案は?」モト子が嬉しそうにユウイチの顔を覗く。ユウイチは両眉をヒュイっと上げて、有るに決まってるじゃないか、僕を舐めるんじゃないぞ。という表情を作ってから「無い」と言い切った。あまりの潔い物言いにモト子は一瞬固まってから「そういうとこ、嫌いじゃないですよ」と真顔のまま言って、少ししてから表情を緩めた。ユウイチはモト子にバレない様に顎を搔いているフリをしながらそっと鼻の下を触って鼻血が出ていないかどうか確認をした。鼻血は出ていなかった代わりに少しジョリっとした。

 

ただの雨ではない豪雨の為ちょっとでも地上を歩くのはきついだろうという事と、持ち時間が1時間しかないという事から駅構内ないしは駅直結の施設に行くことにした。最初こそ初めての主要駅でのデートが雨って!と己のツイてなさを嘆いたユウイチだったが後になって思えばこんな雨の日でもデート出来るのが大きな駅の利点であったと気づき、池袋デートの日がこの土砂降りの日で本当に良かった、ありがとう。と、誰に対してだかわからない感謝をした。モト子がコーヒーが飲みたいと言うので二人はとりあえず待ち合わせをした場所の先にあったスタバに行くことにした。池袋の地下にはカップルと思しき男女が沢山居て、ユウイチは見た目には何も違わないのに僕らとは全然違うんだよなと彼らをぼんやり眺めて歩いた。

 

スタバの前に到着するとお客さんの列が店の外まではみ出ていた。「これ、飲み物ゲットした瞬間に解散じゃない?」ユウイチが言うとモト子は「はっ!」と閃いた様に目を見開いて「こっち、こっちこっち」と左手を羽が折れた鳥みたいにばたばたさせてユウイチを手招いた。モト子は足早にしかし時々何かを思い出すように足を止めてはまた歩き、そうして駅の地下道のほんの脇にひっそりとある古い喫茶店にたどり着いた。「こんなとこあったんだ……」ユウイチも思わず驚くその喫茶店は、まるで大人には見えない妖精の家の様にこっそりとそこにあった。モト子はドアの前で少し大げさにユウイチに右手を差し出し「お先にどうぞ」というジェスチャーをした。それを見たユウイチは「遠山さん、それ、昔からするよね」と言ってドアの小窓から店内を覗きながらゆっくり扉を開けた。昔から?昔っていつ?ユウイチの頭の中で誰かが聞いていた。

 

池袋の地下通路の隙間にあった小さな喫茶店には、以外にもお客さんが沢山出入りしていて、その度に独特の懐かしい音色がするドアベルが鳴った。狭い店内の隅にある丸いテーブル席に二人は座りモト子はコーヒーゼリーをユウイチはタマゴサンドとアメリカンを頼んだ。「遠山さん、スタバからの何故にゼリー?」とユウイチが聞くとモト子は「それを言うなら小野さんはなぜに今食事を?」と返した。今日が晴天だったら、おしゃれに整備された公園に行くはずだった。カフェにも行ってゼリーでもサンドイッチでもないラテ的な飲み物を飲むはずだった。外がここまで大雨でなければ、スタバもあそこまで激混みせずにやっぱりラテ的な物を飲んでいただろう。ユウイチはサンドイッチを頬張りながらそんな事を考えて「せっかくだからこの店でもうちょっとゆっくりしようか」と言った。デート終了までまだ30分あった。モト子は少しの沈黙の後「それは名案」と感心した表情で答えた。

 

コロンカランコロンと何度目かのドアベルの音が鳴って気づけば店内はユウイチとモト子二人だけになっていた。

 

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