第五回 男子高生の愛情のバロメーターは、○○を食えるか食えないか!?

 

■「食える」でマウンティング

 

明けましておめでとうございます! 新年一発目から最悪な内容なので、食事中の人はホントに読まないでね。

 

この世でもっとも頭の悪い生物が、男子高校生であるということに異論のある人は少ないと思うが、それでは、パンチの効いた大バカ男子高校生は日々、どんなことを考えているのだろうか?

 

それは、「食える・食えない」ということだ。

 

「今からYouTuberなんて目指しても食えるわけないよ!」……みたいな話ではない。「○○ちゃん(主に女性芸能人)のウンコを食えるか? 食えないか?」ということだ。

 

※新年早々、ウンコを食うの食わないのという文章を延々書くのもアレなので、以降「マシュマロ」と置き換えます。

 

クラスメイトと好きな女性芸能人がかぶった際、「自分の方が○○ちゃんに対する愛が深いぞ!」とマウンティングするための材料として、「オレなんて、マシュマロ食えるぞ!」なんて発言が飛び出す。

 

「広末涼子のマシュマロなら余裕で食える!」

「内田有紀ちゃんのなら丼一杯いける!」

(ボクの学生時代はこの辺が人気だった)

 

愛情のバロメーターを、どうしてマシュマロで表現してしまったのか!?

 

ホームラン級に頭が悪い発言ではあるが、それでも「食える」というのは、かなりインパクトがあるワードだ。マウンティングを取られた側も、思わず「じゃ、じゃあオレだって食える!」なんて言い返してしまう。

 

広末涼子も内田有紀も、マシュマロなんて絶対に食ってもらいたくないだろうし、むしろ「食える!」なんて言っている人間を心底軽蔑するはずだ。それなのに、ヒートアップしてしまう間違った愛情表現……。

 

「君のためなら死ねる!」(『愛と誠』より)のマシュマロ版といったところだろうか?

 

 

■激論! どうやったら食えるのか?

 

広末涼子への愛が暴走してしまった結果、「食える!」とまで言っていたボクらだが、別にスカトロマニアというわけではない。

 

冷静に考えて、本当に食えるのだろうか……いや、食えない! 食えるわけない!

 

それでも、広末涼子が涙ながらに「北村くん。私のマシュマロ、食べて!」と訴えかけてきたとしたら、男として広末を傷付けるわけにはいかない。どうしたらいいのか……。

 

大バカ男子高生は、勝手に「食える」と言い放った挙げ句、「どうしたらいいのか!?」なんて真剣に悩んでいたのだ。バカ!

 

ボクの仲間内で、真剣にこの問題に取り組んだ結果、下記のような結論を導き出した。

 

汚物の象徴であるマシュマロではあるが、体内に存在する段階では広末涼子の身体の一部である。血液も、唾液も、マシュマロも、すべて広末と考えていいだろう。

 

たとえば、腸内にマシュマロがパンパンに詰まっているからといって、広末涼子に対して不潔な印象は抱かないし、悪臭が放たれることもない。

 

しかし、ひとたび体外に排出されたマシュマロは、外気と触れた瞬間に悪臭を放ちはじめ

、マシュマロはマシュマロと化す。

 

いくら広末涼子のものだとしても、カレー皿にこんもりと盛られていたとしたら絶対に食えない! だってマシュマロだもん!

 

だが、広末の尻に口を当てて、直で流し込んでもらったとしたら……。それはマシュマロではなく、広末涼子の身体の一部をボクの中に挿入してもらったようなもの。広義の意味でのセックスと言えるんじゃないだろうか!?

 

「それなら食えるかも!?」

 

一週間くらい大議論を交わした結論がコレ。

 

実践する機会は絶対に訪れないであろうことを、どうしてあんな真剣に議論できていのだろうか……。バカだったからかな?

 

大学生くらいになると、この「食える・食えない」という議題が、「やれる・やれない」みたいな話に変わってくる。

 

「井森美幸だったらやれるけど、森口博子はキツイ」みたいな話だ。

 

「食える・食えない」も「やれる・やれない」も完全なる机上の空論なことには変わりないが、「やれる・やれない」という議論からは、調子に乗っている大学生特有の上から目線を感じてしまい、どうも共感できない。

 

やはり「食える・食えない」という、最底辺の次元から(間違った)愛を叫んでいる男子高生を愛おしく感じてしまうのだ。

 

 

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