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新連載! 第一回 「森に行きたい」

 

微妙だったデートの話を聞かせてもらうのが好きだ。

今まで聞いた中でいちばん好きなのは「東欧のある国にいたとき、一緒に森に行った彼が針金を取り出してダウジング(※1)で地中に埋まった古い銀貨を探しはじめ、しかもこっちにはぜんぜん針金を貸してくれなくて、見ていたらめちゃくちゃ蚊に刺された」という話だ。見つけた銀貨を一枚でもくれたらちょっと嬉しいかもしれないが、当然のように独り占めだったらしい。

東欧の森。行ったことないけど、きっと色鮮やかなキノコや野いちごやふかふかの苔が生えていて、小鳥やリスがいるすてきな場所だと思われる。そこでまじないじみた手法で古い銀貨を探すなんて、体験を分かち合えさえすればどんなに楽しいだろう。

一方これが「彼氏の会社のフットサルイベントに連行され、知らない人と笑顔で会話しながらフットサルを観せられる」とか「自分の誕生日になぜかウインズ渋谷(※2)に連れて行かれ、お金がなくなったと回転寿司をおごらされる」だったら、地獄の要素しかなくて悲惨度は高いが全体の印象としては平板であり、さほど心に残らないエピソードとなるだろう。「余暇のセンスは最高 ⇔ でもデートとしては成立していない」という落差が、高い印象点を叩き出す。ちなみにウインズ渋谷は大昔、わたし自身に起きたことである。

 

銀貨探しデートの話をはじめて聞いたときは「どんなにすてきな人でも、ダウジングする背中を見ているだけはちょっと……」と感じたはずだった。しかし、時が経つに連れ「森に連れて行ってもらえるだけでも勝ち組」という憧れが大きくなってきている。

大半は不純な動機からである。わたしは生きものを観察したり石を拾ったりするのが好きなのだが、良い森やフィールドは車でないと行けないところが多く、誰かに運転をお願いしたいのだ。運転は、運転だけは絶対に自分ではしたくない……。

「これは彼氏が欲しいのではなく、車の運転を気安くお願いできる人間が欲しいだけだと最近気づいてしまった」と方々で話していたら、先日「わかります。わたしも湯たんぽがあれば恋人不要と気づいてしまいました」という友人が現れた。この例だと自動運転車と暖房器具によって恋人に求める大半の機能が消滅するわけだが、人工知能が人間の仕事を奪うよりも早く、テクノロジーが恋愛から不純な動機を奪い去る。たいへん結構なことである。

そもそも付き合った人にフィールドに連れて行ってもらうドライブデートなんて一度もしたことがないので、最初からすべて妄想であったとも言えるわけだが。

 

「恋人がほしい」とか「結婚相手がほしい」という言葉の中には、人によって実にさまざまな欲が何種類も詰まっている。そこから別のものでも満たせる動機をひとつひとつ取っ払っていくと、人と人が一対一でいっしょにいることに何が残るんだっけ、とよく思う。恋愛でないと満たせない動機が不純だと言いたいわけではないが、それって恋愛で無理に実現しなくてもいいのでは? と思うことは多い。

誰かと喜びを分かち合いたいとか、人といないと寂しいという気持ちはわたしにもあるが、ひとりで居たいときに誰かが横にいることで死ぬほどイライラしたり、この人にだけは分かってほしいというタイミングで崖から突き落とされたり、幸と不幸の振れ幅が大きくなっただけで長い目で見ればプラマイゼロ、いやはるかにマイナスだったということもある。

特に恋愛では、仕事や友人関係や学業までグダグダになったり、大ダメージを受ける人が少なくない。たまに死者も出る。こんな危険なものが人生で経るべき必須ステージだみたいな世迷言は撲滅し、早いこと「変わった趣味のひとつ」とか「限界に挑戦したい人向けのエクストリームスポーツ」という位置に置いたほうがいい。そうすれば、伴侶がいてはじめて一人前扱い、という世間のふざけた幻想もなくなるだろう。

 

わたしもこの競技に何度か挑んだことがあるが、あんまりいい思い出がない。結婚も一度したけれど結局離婚することになったし、誰かと一対一の関係を適性もないのに無理に築こうとするよりは、少ない手持ちのコミュニケーション能力を、友人や気が合う人といい関係を作ることに注ぎたい気持ちが今のところ強い。

では自分がこの先、そのエクストリームスポーツに身を投じることが全くないのか、というと、可能性は残しておきたい気もする。結婚とか収入とか長続きとかの社会的な条件を求めていない以上、オモシロ全部の人とも付き合えるはずだ、と想像してみるのはなかなか楽しい。実際には、オモシロ全部の相手と社会的な障壁なしで向かい合ったとき、こちらの面白がる能力――すなわち「器」――だけが試されることになり、いっそう辛いかもしれないが。ある日いきなり訪れるかもしれないチャンスに備えて、面白がる能力を鍛えておかなければならない。

とりあえず、自力で森に出よう。電車で、タクシーで、友達を巻きこんで。いろんな森で落ち葉の湿ったにおいを吸いこんで、誰と森に行きたいのかはそのあと考えよう。

そういえば銀貨の彼は、ひとりでも行ける宝探しに何を求めて彼女を連れて行ったのだろうか。まったく知る由もないが、いつか訊いてみたいと思う。

 

 

※1ダウジング:L字型の針金や振り子を使って、微細な揺れを手がかりに地下の水脈や鉱脈を探す手法。なお、科学的な有用性は証明されていない。

※2 ウインズ渋谷:競馬の場外馬券売り場。せめて本物の馬がいる競馬場なら少しは楽しめたかもしれない。

 

 

 

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