第五回 「Sally Scottのコート:66150円」

 

〈カスリのループ糸で織ったツイード素材の、カジュアルなフード付きコート。裏はキルト素材を施し暖かく軽い仕立て。3本の異なる色のカスリ糸で織ったテキスタイルは、ニットのような柔らかさとカラフルさがポイント。デイリーユースに。〉(2013年頃の公式サイトより)

 

Sally Scottの2013-2014秋冬コレクション、カスリループファンシーツィードコート。黄色とピンク、二色展開だったと思う。買ったのはピンク、といっても赤紫、薄桃、青、オレンジ、蛍光黄緑、その他、無数の色が点描のように織り込まれていて、近づくと華やか、遠目には逆にグレーがかってシックに見える。軽い着心地なのに防寒具としても優秀で、真冬のニューヨークでも大活躍。たたむとくったり柔らかい。

 

文庫本まで入る大きなポケットと童話のようなフード、パッと見は子供服を大きくしたようだが、細部はさすがの贅沢仕立て。どんな色のどんな服にも合わせやすく、雨の日、雪の日、がんがん着たのに五年経っても綻びない。今はなき表参道店、試着室で初めてこのコートを羽織ったとき、私はその場で泣き崩れそうになった。

 

 

サリー・スコットという名の架空の女性をモチーフにしたこのブランドは、minä perhonenと同じディレクターが手がけている。それぞれの店内にどんなアイテムが並んでいるかは各自ぐぐっていただくとして、20代の頃、恋人が私の使うminäのコラボトートバッグを見て「まぁ、カバンまでだよね」と言った。服は着ないほうがいい。「だって、ミナってガラじゃないもんな」。

 

たしかにガラじゃない。2013年秋冬、その日も私はパイソン柄の型押しを施した黒いデニムに、DIESELの真っ赤なトップスを着て、足元はたしか前面にリベットがびっしり打たれたASHのワークブーツ。瞼に苔が生えたように見える玉虫色のアイシャドウで、モッズコート風ジャケットを羽織っていた。昔の男とは別れたが、腐れ縁の男友達と同じ格好で新宿ゴールデン街へ飲みに行き、「相変わらず、いかちーな!」と評されたばかりだ。33歳になっても中二病が抜けず「強そう」を理由に服を買う。人がゴミのような雑踏で生ごみのペールと排気ガスにまみれるのがお似合いの町のネズミである。

 

だけどminä perhonenとSally Scottのお店を覗くのが好きだった。自分の人生とは遠くかけ離れたところに、手で触ることの叶わないうんと価値の高いものがある、その存在を確かめるだけで、日々のみじめな気持ちが浄化されるのだ。灯台岬へ大海原を眺めに行く人がいて、主のいない華族邸の薔薇園を訪れる人がいて、美術館で大好きな絵の中に閉じ込められる人がいるように私は、オハイオに猫二匹と暮らすサリー・スコット嬢の暮らしぶりをストーキングする。大自然に囲まれて口数少なに暮らす善良な人々、草原をわたる清らな風と野の花々が飾られた食卓、寒い土地に降り注ぐあたたかな光の祝福、神聖にして侵すべからざる乙女の王国。

 

いつもぐるりと店内を見渡し、怯えた笑顔を貼りつけた小動物みたいな店員に強めの揺さぶりをかけてカタログやフリーペーパーを奪い取り、何も買わずに帰ることを、何年も何年も、ブランド立ち上げの頃から続けていた。しかしその日、表参道でひとり店番をしていた女性はいつもと様子が違った。「おサイズお出しできますよ」と声を掛けられたら断るつもりでいたのに、いきなり「今、ボディから外しますね」と言うのだ。店内の階段を上がってすぐのところで、そのくらい長いこと、同じマネキンを眺めていたらしい。

 

「9号ですよね?」と訊かれたら「はい」と答えるしかない。手渡されて試着室へ逃げ込んだ。そう、コート、コートの試着なのに、荷物を置かせてくれとか何とか言って、その場で羽織らず奥へ引っ込んだのだ。カーテンを閉じて急に恥ずかしくなった。鏡に映る自分の姿を見てみろ、DIESELにASH、こんな土足で乙女の王国へズカズカ上がり込んで、よりにもよってピンク。狂気の沙汰だ。しかも値札を見ると7万円近い。出せるかよ! こりゃ買おうかどうか迷ってるフリで突き返すにも相当の演技力を要するな、と立ち尽くしているところへ何度も声を掛けられ、仕方なくカーテンを開けた。

 

すっと背が高く鹿のような顔立ちの店員さんは、まったく濁りのない声で「わあ、お似合いですよ!」と言った。いやいやいや、あなた、こんないかつい格好で似合うも何もないでしょ。「今日のお客様みたいなクールな装いにも、案外と合うんですよ、ほら」。改めて姿見に向き合うと、神聖にして侵すべからざる店員さんとピンクの私が、一緒に映っている。かわいい。なんてかわいいんだ。俺がこんなものを着て許されるのか。

 

直視すると泣いてしまいそうで、身の置き所がなく、くねくね身体を回転させていると、似合う似合う、とはしゃいでいた彼女が急に声を落としてこう言った。「うちのお洋服、ずっと見てくださっていたんですね」。はい、でもこんなふうに試着したのは初めてなんですよ、だってガラじゃないでしょ、おねーさんみたいな森ガール(死語)にしか似合わないでしょ、こんなん普段使いに着こなせる自信ねーですもん! 焦ると饒舌になるオタク口調でドタバタ喋る私の背後に立ち、鹿のような店員さんは身じろぎもせず静かに言った。「うちの服は、着る人を選びませんよ」。

 

そッスかねー、あ、着替えますねー、と言って慌ててカーテンを引き、試着室で声を殺して少し泣いた。一目見てかわいいと思った服を、自分のお金で買うのに、何も躊躇する必要はないはずなのに。今見えている全部の信号が青でも、最後の一つが赤信号なんじゃないかと思って、ブレーキから足が離れない。子供の頃から「かわいくないと、無理」と禁じ続けているうちに、気づいたら30過ぎていた。このアクセルを踏むのに30年かかった。でも、時が来たんだ。私は今日を境に、かわいいを自分に禁じるのを、やめる。ミナってガラじゃなくても。

 

レジで包み紙を巻きながら、鹿のような店員さんは「本当にお似合いですよ。じっくり時間をかけて選んでくださって、ありがとうございます」と言った。入店した途端、一目惚れの衝動買い、優柔不断の私にしては即決と言ってよいスピードだったのに。じっくり時間をかけて、選んでくださって、ありがとうございます。そう、長い時間がかかってしまいました。あなたがたが当たり前にできること、私は、30年もかかってしまった。やっとこの日が来たんです。服に、誰かに、選ばれるのを待つのではなく、私が、自分で、選べるようになる日が。

 

私はそのピンクのコートを、今も手持ちのごついブーツやギラついたサングラスと合わせている。褒められるたびに「かわいいでしょ、これ、じつはサリー・スコットなんだよー?」と自慢する。友達はみな「マジかー、岡田が着ると全然サリスコに見えねーわー」と笑う。見えなくても、ガラじゃなくても、これは私のSally Scottだ。とっくにすべてを許されていたのに、誰もそのことを教えてくれなかった。禁じていたのは私で、だから自分で打ち破るしかない。とてもかわいいお洋服。これを私のものにするまで、30年かかったのよ。

 

 

 

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