第六回「ビビりの葛藤。変わることは、おおむね怖い」

初めての男とセックスをした翌朝、起こされて言われた言葉をいまだに覚えている。
「コーヒー淹れてくれよ」
寝ぼけていたこともあり、一瞬では何を言っているのかさっぱり掴めなかったけれど、その言葉通り、彼は私にコーヒーを淹れてくれと頼んだのだった。
ちょっと待ってくれ。意味がわからない。いやわかるのだがそれはいったいなんだ。

男はすでにパジャマだかシャツのようなものを着ている。昨日私がめちゃくちゃにしたはずの髪の毛もバッチリ整えられている。私はといえば素っ裸である。とっさに、本能のようにタオルケットで豊満な腹まわりは隠したけれど、それでも無防備な生まれたままの姿だ。しかもここは数回だけ訪問した男の家である。昨日の夜、「明朝コーヒーを淹れる人を決めるじゃんけん」などをやった覚えもない。ちょっとは考えてみろ、どちらが淹れるのがより自然でまっとうか、バカでなければわかりそうなもんだろう。
 
コーヒーを淹れるのがいやなのではない。命令されたのが気に入らないわけではない。ヤッたとたんに豹変した、その男が問題なのだ。問題の男とセックスした私もまた問題だけれど、選択ミスを早い段階で気づけたことは不幸中の幸いだった。
 
23年前、まだオリックスにいたイチローの日産のCM
「変わらなきゃも変わらなきゃ」
が話題になった。流行語大賞にもランクインしていたそのセリフを、当時から私は複雑な思いで耳にしていた。
変わることはいいことなのかもしれない。成長だ進歩だとポジティブに捉えられているし、変わらなければ前に進めない。誰かが声をあげなければ社会はよくならないし、拳を掲げなければ改革もなし得ない。けれども私は、あまりにもトートツに人が変わるとビビってしまう。そのシフトチェンジがなんだかおそろしく、気味が悪いのだ。
 
この「変わる」に対するやや病的な軽い恐怖心のようなものは、パーソナリティーにのみ発動する。視覚的なものが変わったからといってうろたえるようなことはまずない。ファッション、メイク、ヘアスタイルで、見ためなど日替わりで変えることができるし、美容整形をすればガラリと変化する。あるいは性別が変わることなどはとりたてて驚くことべきことではない。おつきあいひかえましょうとは思えない変化に、おののくことはない。
 

 
中学の同級生で、剛毛・縮れ毛、いわゆる天パーの女子がいた。非情にも「ライオン」と呼ばれていたけれど、彼女は持ち前の明るさで、陰毛と区別がつかないその髪をネタに自らを笑い飛ばす、潔く気持ちのよい女の子だった。それほど仲が良いというわけではなかったけれど、少し下品なところも含めて私は彼女に好感をもっていた。
 
そのライオンが、卒業後のクラス会に、ストレートヘアをなびかせ背中丸出しのワンピースで登場したことがある。陰毛のまやかしで当時気づかなかった真っ白い肌。毛細血管が透けるような頬に、ゆたかな涙袋とうすい色をした瞳。人は、髪の質ひとつでここまで変わるものだろうか。コンプレックスがなくなって自信をつけたライオンが変わったのか、見るものの変化なのかはわからない。ただただ呆気にとられる美しさ。今後の人生、オールシーズンモテ期であろうことは約束されたも同然の、容赦ない美貌であった。
男子たちは、かつての暴言を謝罪することもなく狂喜乱舞していたが、わかりやすいという意味で彼らの醜態は許容範囲だろう。
ライオンはというと鼻くそを丸めてピンッと飛ばす十八番の芸を最後まで封印していた。バカで現金な、浮かれた男子たちに対するやさしさだ。かつて散々からかわれた(登校拒否になってもおかしくはないレベルだ)というのに、心身ともに女神ではないか。
クラス会の〆に、担任だった有田(先生)に寄せ書きのようなメッセージを書くことになった。女神もなにやら書いていた。そのラストに、” LION ”とサインをしてしまう彼女の気持ちよさは、何も変わっていなかった。
 
一方で、かつて「カンチョー!」と叫びながら廊下を走りまわり、女子に触れることに全神経を集中させていた男子が、私の下ネタを「ははは……相変わらず下品だなあ~」とさげすんだことにどれだけ驚かされたろう。クラス会でのもう一人の主役、Hだ。
げっ下品っスか~!?
毎日毎日自らの性器のリアルな絵を描いて(毛の生え方まで絶妙に描いていた)、女子に見せては嫌がられていたHが、女子の体操着を無断で拝借してムリヤリ着てはよろこんでいたあのHが、私に向かって下品?
彼に何があったのか、何が彼をそうさせたのか。実に不気味で聞きたくもないのだが、卒業後、HがT子の車に忍び込んで襲おうとしたことや(無事未遂に終わっております)、S美と一緒にいる時、たった一人のチンピラに絡まれて土下座して逃げたことなどを皆に詳細に発表した。この男、根本はなにも変わっちゃいませんよという告発をやってのけたのだ。
 
幼い頃、数年だけ暮らした島根の門前は、今も変わらず私を包みこむ。遠くに見える山々。主が不在の小さな神社。早朝のラジオ体操は今でもそこで行われているらしい。ハチの死骸を埋めた、大きな松の木。帰ってきたことを歓迎してくれているような、益田川の水の音。うちから幼稚園に続く、まっすぐな道。夕方、巨人戦がはじまると、家々から応援する声が聞こえてきた、あの道。
変わらないでいてほしいと願ってしまうのは、きっと私のわがままなんだろう。
 

 
自分を変えるためのハウツー本が、巷にあふれている。どうやら人はそのことに努力する生き物のようだし、変わることは賞賛されるらしい。そうでなければ未熟だと烙印を押されることもある。とはいえ変化が「善」で不変が「悪」ですかというと、そんなことは、きっとない。
よし開きなおろう。これからも変わることに、私はひと知れず抵抗してゆく。ひとりくらいこんな人間がいたって、世界はとっとと進んでいくのだ。
 
 
今週のWEB
39 Celebrity Couples Who Prove Love Can Last Forever
http://urx3.nu/Prt9
結婚離婚をくりかえす人が多いセレブの中で
長い歳月いっしょにいるカップルたちの今昔写真。
39組みのカップルの絶対的な愛が尊くて涙腺ゆるむ。
 
 

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