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Case2 モノクローム 前編

 

外気が段々と本格的な冬の気配を帯び始めている。

街に溢れる人々は、これから訪れるであろうクリスマスや年末年始にどこか浮足立っているようにも思えた。

 

そんな和気藹々とした空気を帯びる人波の中、私は自分が消えてしまう予感を感じていた。

右手には、グレイのビニール袋。中には、これでもかというほどの錠剤。

ぼーっとそれを眺めつつ、イルミネーションが飾られ始めた街を歩く。

去年のこの時期は、自分の心にもそれと同じような輝きがあった筈なのに、今は輝きどころか色さえも無い。

 

(私は…どうなってしまうんだろう)

 

 

ベッドから起き上がれない日々が続き、挙句の果てには打ち合わせなどをリスケする日も増えた。ここまで来ると、流石に自分が正常でないことを自覚せざるを得ない。そして、菱子から言われた「うつ病」の一言がずっと頭に残っており、意を決し心療内科を受診した。

 

Googleで検索し、評価が良さそうなクリニックに電話をした。心療内科といえども、受付などは他の科と何ら変わらない。

 

予約した日。まるで岩が乗っているような、鉛のような身体を起こし、何とか身支度を整えた。鏡に映る顔には、自分でも生気を感じられないほどだ。。メイクをする気力は無く、とにかく最低限、外出出来るような身なりをし、外へ出た。ここ数週間、ろくに外出していなかったのもあり、頬に刺さる外気の冷たさに驚く。自分が季節の移り変わりの中、置いて行かれているようにも感じた。

 

昼がとっくに過ぎた最寄り駅には、人はそこまでいない。だけど、今の自分にとっては刺激物以外の何物でも無かった。人の声が煩わしい、駅のアナウンスが耳につく。ホームに滑り込んできた電車に乗ると、そそくさと一番端の席に座り込んだ。iPhoneを触る気力も無い。ただただ、目的地に辿り着くまで出来るだけ身を丸め、目を閉じた。何気ない日常も、今の私にとっては凶器でしかなかったからだ。

 

目的のクリニックは渋谷にあった。外へ出る、電車に乗る、そんな些細な事ですら息苦しいのに、何故か私は日本を代表する繁華街エリアを選んだ。きっと、このまま大勢の人間と関わりを持たないでいると、本当に消えてしまいそうな恐怖に苛まれていたからかもしれない。いや、自分がれっきとした社会の一部であるという実感が欲しかったのだ。

 

久しぶりに降り立った渋谷は、いつも以上にうるさく、人が多いような気がした。でも、これもまた錯覚なのだろう。街も人も、何も変わっていない。変わってしまったのは、紛れも無い私自身なのだ。

 

街頭ビジョンに映し出される満面の笑みを浮かべるタレントたち。思い思いに歩く人々。どこからともなく流れる音楽。私は、それらから逃げるように、クリニックがある場所へ足早に向かった。

 

 

クリニックに到着すると、3名ほどが受付のソファ席に座っていた。パーカーにスキニージーンズを履いた高校生くらいの男性、主婦のような小綺麗な女性、恰幅の良いスーツ姿の男性。年齢も性別もバラバラだが、共通しているのは皆揃って表情が無く、終始俯いていたことだ。白を基調とした清潔感溢れる空間、BGMはクラシック。その空間と人の構図は、見事なまでの対比を表している。まるで、白いキャンバスに黒いインクをポツポツと垂らしたように思えた。その実、自分もそのインクの一部なのに。

 

受付を済ませ、受け取った問診票に自分の病状を記入する。<身体が重くて起き上がれない><過眠と不眠を繰り返す><食欲が無い><気力が無い>

 

<自殺願望を抱く>

 

そう書いた後、我に返った。とうとう認めてしまった。何が何でも否定したかった感情を。自分が書いた文字をぼんやりと見つめる。

 

(ああ…もう私は普通じゃないんだ)

 

溢れそうになった涙は、受付係からの声掛けにより零れずに済んだ。

 

 

「出海さん、出海眞代さん。診察室へお入りください」

 

 

 

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