第七話 「坂道を下るように」

 

明るい男は「今日曇りで残念だね~」と白すぎる歯を見せて二カッと笑う。緩い坂の途中にある見覚えのある漫画キャラのポスト、の、前に居るのは茶色のダウンコートを抱きしめるように立っているモト子。と……、

 

「あんた、何やってんの?!」

 

池袋の地下の喫茶店で会った男、『シマトオル』だった。

 

「や、何って。今日ここ来るって聞いたから」とユウイチに向いたまま後ろにある建物を指さした。

 

「あ、シマさんって言うんですね~、こんにちは~」と、モト子はいつになく愛想がいい。前回のデートの流れから今日はちょっと機嫌が悪くてもいいくらいを予想していたのに、彼女はもしかしたら人が多い場所では愛想が何割増しかになるタイプかもしれない。

 

「あ、シマさん……じゃ、無いよ。遠山さんも馴染まないで。って言うか、中に入ってるし!待ってよ!いい加減にしろよ~もう~!」

 

ユウイチはどんどん館内に入っていく二人を慌てて追った。先に通った二人が開けた自動ドアがユウイチが滑り込んだと同時にガシャンと閉まった。

 

「あったかぁ~~……」

 

ユウイチは一瞬ふにゃっと情けない顔をしてから、ハッと我を取り戻し急いで受付へと向かった。

 

***

 

「だからね、僕ってば小野さんの大ファンなんで」

 

池袋の地下街にひっそりある喫茶店に突然現れた「シマトオル」と名乗る男はへらへらとそう言いながらカウンターに肘をついてもたれ、ユウイチの通路をあからさまに塞いだ。

 

「気持ち悪っ、あ、すみません。あの会社のお客さんとか、ですか?どこかで会った事って失礼ですがありました?でしょうか……」

 

最初に「気持ち悪っ」と言った時点で既に失礼だが、確認をしながらユウイチは男が自分の知り合いではない事にある程度自信があった。

 

「違います。あ、えっとブレンド、あ、やっぱりカフェオレ、じゃなくてココア。ホットココアで」

 

シマは頭に思いつくままに言葉を発し、ユウイチに返事をしてココアを注文した。それから携帯を持ったままシマの前に立ち尽くすユウイチに触れるか触れないかの柔らかいエスコートをしてユウイチを元居た席に座らせた。ユウイチはシマの顔をじっと見つめたまま、それに従ってストンと椅子に腰を落とした。店内には新しい飲み物を作り始める匂いと音が広がっていた。

 

***

 

博物館の売店ではモト子がショーケースに見入っている。そんなモト子の隙を見計らってユウイチはシマの腕を掴み「ちょっとちょっとちょっと」と引き寄せた。

 

「シマさん、何してるの?何?ってか僕言ってないですよね?今日、ここ!何?怖い!っていうか、誤解はこの間解いたでしょう?僕はあなたが探している『小野さん』じゃないですってば!」

 

シマは必死の形相で自分の腕に絡みつくユウイチを一時真顔で見つめてから、

 

「見て~切手可愛い~」と乙女に笑って言った。

 

「オイ~!!」

 

言っていることが全く通じず、ユウイチは地団太を踏む子供の様に掴んでいたシマの腕をぐんと引っ張った。シマはその力に揺らされながらも笑顔のままユウイチの手を解き、少し歪んだ首元を整えてからユウイチに向き直してこう言った。

 

「僕はあなたが自分の探している小野さんだと確信しているんです。迷惑はかけませんから、あなたはどうぞデートを楽しんでください」

 

何言ってるんだ、こいつは?!ユウイチの中でますますハテナが大きくなる。不安とか恐怖とか知ってる気持ちでは表せない「ハテナ」という状況にユウイチは発狂しそうだった。

 

「ほら、モト子さん変に思いますよ」シマはそう言ってユウイチの上着も整えるような動作をしてぽんとユウイチの肩をモト子に向けて押した。

 

あの日、池袋の喫茶店で初めて会って向き合ってコーヒーを飲んだ日、シマは「小野ユウイチと言う男を探している」と言ってユウイチに一枚の写真を見せた。しかしそこに映っていたのはユウイチとは似ても似つかない若い……、

 

「これ、女の人ですよね?」

 

若い、女の姿が映っていた。ユウイチがそう聞くとシマは「でも中身は男の人ですよ」と冷静にココアをすすりながら言った。

 

「この人が小野さん?じゃぁ人違いですね。僕こういう癖これっぽっちも無いですし、今度も女性とデートするんです。ほら、今ちょうどその予定決めてるの。ね、だからちょっと意味わからない事で引き留めるのやめてもらっていいですか?」

 

 

その瞬間、ユウイチは大事な事を思い出す。「……あの時見せた携帯画面!」ユウイチは目を硬く閉じて頭を抱えた。あの時モト子をとしていたチャットの画面を確かにシマに見せていた。「だから、今日、ここ……!」結局人違いだったとは言え、居場所を突き止めて現れるような男、なんでもっと警戒しなかったんだ。ユウイチは込み上げる情けなさに思わず自分の太ももをグーで殴った。痛い。

 

「あれ?シマさんは?」

 

ショーケースを見終わったモト子の声でユウイチは我に返った。「え?そこに居なかっ……」と振り返るとそこにシマの姿はもうなかった。「も~ますます、マジで気持ち悪い~!」暖かさに感動したはずの館内でユウイチは今、寒気だけを感じていた。

 

「ま、いっか。じゃぁ、行きましょう」とモト子は言うと出口から駅とは逆の方へと歩き出した。駅こっちだけど、追いかけてユウイチが言うとモト子は振り返り「今日、ハシゴしませんか」と言った。

 

高田馬場までつながる緩やかな下り坂を走るとユウイチはあっという間にモト子に追いついた。

 

 

 

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