第七回「手をつなぐことは、おおまかにセックス」

久しぶりに大好きな人と会ったとき、うれしい何かをもらったとき、そしてしばらく会えなくなる友人との別れぎわ、私は両腕を広げて、それから相手を抱きしめる。いわゆるハグを、誰とでも安易にしてしまう。家族にはだいたい背後から近づいて、腰にタックルする形でつかみかかる。何かお願いをするときに有効だ。すっかり成人した息子にもハグをする。力づくで離されそうになるけれど、顔は笑っている。
遅刻をして、かなり相手を待たせたときには、おおげさに腕を広げて相手に近づくと良い。多少怒っていても、概ね許される。
人を抱きしめる行為は、得をすることが多いのではないか、と思う。私はそれで損をしたこともあるかもしれないけれど、得をしたことしか覚えていない。背中に手をまわしてギュウッとするとき、私はあなたが好きですよと伝わる気がする。だってきらいな人と密着なんて、ぜったいしたくない。

けれども手をつなぐ行為となると、極端に少なくなる。韓国ドラマのように、女同士で手をつなぐということはないし、男友達にもない。息子と手を繋いで、商店街を歩いたのは何才までだったろう? いつのまにか手を引くこともなくなってしまった。年をとったとはいえ、まだ歩くことが達者なオトンやオカンの手を掴んで歩くこともない。
となると、私の場合、恋愛感情を持った異性としか手をつながない。手をつなぐこと、それって、わりと濃厚な愛情表現なのかもしれない。
いつだったか、ダンナさんを亡くした友人が言ったことがある。
「恋人が欲しいとは思わないけど、自然と手をつなげるような相手が欲しいと思うことはあるね」
うわーーーーっと思った。そんな人が、また彼女に現れればいいな、と心底思ったけれど、あのダンナさん以上の人は、出現しないような気がしている。とても偉大で寛大な、無二の人だった。

私も好きな人とは、よく手をつなぐ。冬は、そのたびに手袋を外すので、頻繁に片方をなくしてしまう。そしてまた翌年、お気に入りの同じ手袋を買う。
ずいぶん前の恋人が、私の前を歩きながら、バトンリレーのように振り向きもせずに手をうしろに差し出してくるのがとても好きだった。私は街中をキョロキョロとしているタチだから、おそらく気付くまで彼はそうしていたんだろう。それを見つけるとうれしくなって、ピョンと飛び上がるように駆けよりその手にしがみつく。けれども彼は、私のニヤけた顔と歓喜の姿をついに一度も見ることはなかっただろう。

またある時、つきあっていた恋人とそれぞれの家に帰るとき、(あ、今日は一度も手をつながなかった!)ということがあった。それを彼に伝えたかどうかは忘れてしまったけれど、その時(ああ、この人とは近いうち別れるかもしれないな……)と思ったんだった。どちらかともなく自然と手をつなぐことが、どれほど大きなことかうすらぼんやりわかっていた。
だから、友人が言った、「自然と手をつなぐ」というコトバの持つずっしりとした重さはよくわかる。

以前は、「男は手で決める」と公言するほどの手フェチだった。スラリとした長い指にこだわって、絶対不可欠な条件に入れていた。じっさい、美しい指を持つ男性は、長身で容姿も好みなことが多い。けれどもある時期から、職人の無骨な手に惹かれるようになった。指紋の溝に黒いものが入り込んだ研ぎ師の手。染物屋の、真っ青に染まった指先。理容師であるオトンや弟の手も、彫刻をやっている人のかたい指先も好きだ。鍛練した時間を刻んでいる手は、とても尊い。自分にないものに憧れてしまう。

手をつなぐことはわりとカジュアルな軽い行為なようだけど、自分の恋人がほかの異性と行う行為として、してほしくないナンバーワンだ。どこかのホテルから出てくるところを見かけたとしても、酔ったいきおいでの抱擁を見たとしても、看過はしないまでも恋人との終わりを決定ずけるものではない。けれどもどこかの街で、ふつうの駅前で、デパートで、映画館や美術館で、恋人が知らない誰かと自然と手をつないで歩いていたら……。ベッドの上で全裸でイチャついている決定的現場に押しかけるほうがまだマシな気がする。大げさに表現すると、マイホームパパだと思っていた父親には別の家庭があった、それを知った時の感情に少し近いのではないかと思う。いやちがうか。なんというか、知らない一面を見てしまった時の恐怖にも似た喪失感におそわれそうだ。

今、ビミョーな関係の意中の人がいる人も、少しマンネリ化してきた恋人がいる人も、配偶者が冷たい気がするという人も、子供が第一反抗期を迎えたという人も、手をつないでみたらどうだろう。改善や進展、あらたな発見があるかもしれない。たとえ玉砕したとしても、いずれそうなる、避けられないことだったのなら、悶々とする時間を過ごすくらいなら、早いほうがいい。

考えてみれば、手をつなぐことは質朴な愛情表現だ。(子供など一部を除いて)限りなく性行為に近いのに、公然わいせつにならないのだからもっと賞賛されるべきではないか。モテたい人にも提案しよう。誘う→食事→デートを何回かくりかえすよりも、片っ端から手をつなぐほうがスピーディーでよい。5人くらい連続で手を振り払われたら、悪いことは言わない、モテることそのものをとっととあきらめたほうがよい。

今週のWEB
3D-Printing Manhattan’s Single Households
http://ur0.biz/PHII
マンハッタンの1人暮らしを3Dプリンタで手のひらに収めたシリーズ


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