Case2 モノクローム 後編

 

問診票を受付係に渡した数分後、クリニック内のアナウンスが流れる。そそくさと診察室に入ると、そこには50代ほどに見える男性医師がデスクに身を構えていた。診察室は観葉植物が置かれていたり、お洒落な加湿器が置かれていたりと、どこかのオフィスかのように洗練されていた。とてもクリニックの診察室とは思えない上質な椅子に座ると、医師は問診票を眺めながら無表情のまま口を開く。

 

「自殺願望は今までありましたか?」

 

「いえ、無かったです」

 

「今みたいな症状はいつから?」

 

「ここ一カ月ぐらいです」

 

「何か最近変わったことなど、思い当たる節はありますか?」

 

一瞬、紘和さんが脳裏を過る。

 

「…仕事が上手くいってないとか、ですね」

 

「お仕事は何を?」

 

「フリーランスで物書きを…」

 

「フリーランスね、あれこれと自分でこなさなきゃいけないから大変でしょう」

 

無機質なやり取りをしながら、医師はPCに向かい問診内容を打ち込む。拍子抜けするぐらい簡単な問答で今の異常な私の状態が診断されているかと思うと、何だかよく分からない気持ち悪さと現状を理解してもらえているという安心感で心の中はぐちゃぐちゃになっていた。

 

「仕事柄、動けない状態だと生活をしていくのにも支障を来すのが何よりも不安です」

 

振り絞って出したSOSの言葉に、医師はPCから目を離さずに答える。

 

「そうですよね。睡眠を整える為に睡眠導入剤と精神安定剤を処方しておきます。他に何かありますか?」

 

「…強いて言うなら、悪夢をよく見ます」

 

「それなら、睡眠導入剤と一緒に飲むタイプの安定剤も出しておきましょうか」

 

心療内科で処方される薬の知識などまるで皆無で、とにかく医師からの提案に頷き続ける他無かった。診察は30分も掛からずに終わり、最後に医師は私に声を掛ける。

 

「二週間分処方するので、また診察を受けに来てください。また、カウンセリングやグループワークも別途行っているので、希望するのであれば受付にお伝えください」

 

「分かりました」

 

「お大事に、出海さん」

 

医師に軽く会釈をし、診察室を出た。どうにかしなきゃいけないと思い、辿り着いたこの場所で私は何か変わるのだろうか。薬で果たしてこの状況は好転するのか。考えても無駄な事ばかりが頭に浮かんだまま、また白い空間のソファに腰を掛けた。そこには、私が入ってきた時と同じ表情をする別人がまだ何人もいた。

 

 

クリニックを出て、近くの処方薬局で薬を受け取る。想像よりも遥かに多い量の錠剤に思わずたじろいだ。こんな量でも二週間で無くなってしまい、また二週間後にはここで同じように薬を受け取るようになる。そう考えると、自分が無いに等しい気力を使ってした行動は正しかったのかさえも分からなくなった。今までこれといった病気にも罹らず、健康的に過ごしてきたのに、片手には多量の錠剤。駅に向かう最中、すれ違う楽しそうな人たちと暗澹とした自分との差に心臓がジクジクと痛む。一体どこで自分は間違ってしまったのか、本当なら色に満ち溢れている繁華街が私にとってはモノクロでしかない。横断歩道の赤信号に差し掛かった。

 

(いっそこのまま、車に轢かれたほうが…)

 

無意識に足が車道へ進もうとした。

 

が、急に腕を引っ張られる。

 

「何やってるの、コラムニスト」

 

不思議とどこか懐かしさを覚える声色の方を振り返ると、そこにはクリニックにいた高校生らしき男性が立っていた。腕に掛かる圧力が心なしか、強まった気がした。

 

「え、あ、さっきの」

 

「死なない為にあそこへ行ったのに何しようとしてるの」

 

座っていた姿からは想像できないほど背が高く、どこか憂いを帯びている瞳で私を見る…いや、睨むに近い視線を向ける彼は私の腕を一向に放そうとしない。

 

「腕、痛い。ていうか、誰ですか」

 

「放したら大勢の人に迷惑掛けそうだから、とりあえずは離さない」

 

「だから、誰」

 

腕を掴んだまま、彼は啖呵を切るように言い放った。

 

「あなたのファン」

 

その言葉に以前なら高揚感を抱いたが、今の私にとっては一番聞きたくない…言うならば、死刑宣告のようなものでしかなかった。

 

 

 

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