第三回「恋のうわさソムリエ」

 

中学生や高校生のころ、わたしは恋愛に関するうわさ話が大好きだった。

どんな人と付き合ってみたいか。○○ちゃんが駅でメアドを渡した男子から連絡が来たらしい。別校舎のちょっとヤンキーっぽい女子が休み時間にうちのクラスに来て、男子と屈託なくしゃべっていくのがうらやましいけどむかつく。放課後、教室で何時間もそういうしょうもない話をして、それでも足りなくて家に帰ってからも夜電話していた。

隣のクラスのカップルは神社でイチャイチャしすぎて近所の人に通報されたらしい、大人の階段を上りすぎではないか? と激論を交わしつつ、「そんなに急に大人の階段を上るのは嫌だが、そもそも自分に恋人ができる日が来るのだろうか……」と思うと不安で仕方なかった。

本や漫画で読む恋愛には憧れるが、そこで描かれるふるまいは演劇のようで、日常と地続きのものにはとうてい見えない。好きだったはずの男子といっしょに帰ることになっても、何を話したらいいのか皆目わからないしまったく楽しくない。

あれだけ恋バナに血道を上げていたのは、世の多くの人が当然のようにこなしている(当時はそう思っていた)恋愛という巨大な謎に対抗するため、サンプルを激しく収集していたのかもしれない。

 

会社員として働くようになり、もうすぐ十年である。

入社後数年は同期の子たちと、会社の独身寮で恋バナに花を咲かせたこともあった。しかし、そういう学生の延長っぽい繋がりは加速度的にほどけていき、結婚して子供を産む人も増え、恋バナの供給は減っていく。

そもそも「メレ山さんはアフター5はなんかネットアイドルみたいなことをしているらしい(ネットで顔出ししているだけでそういう評価になるのだ)、変な服と昆虫と海外ひとり旅が好きなバツイチ」という社内の珍獣枠を、十年かけて不動のものにしてきたのだ。別にそんな枠をめざしてきたわけではないが、今や珍獣枠に伴う「人付き合いが多少悪くても、勝手に納得してもらえる」というメリットを享受するしかない。人脈と人望に乏しいわたしにまで届くような社内のうわさ話は、恋バナと呼ぶにはねとねとしている、聞いた瞬間はちょっと面白くても、後から脳にズンともたれてくる。

飲み会で「AさんとBさんがデキてるって、誰でも知ってますよ。メレ山さんは知らないんですか?」と言われたとする。ほうほう、あのふたりが……でも、なんでそんな評判になってるの?

「いつもふたりで会議室にこもって、謎の会議をやってるんですよ。BさんはAさんの威光をかさにきてすっごい偉そうだし、Bさんが仕事でやらかすとAさんがすぐ出張ってきて横車を押すんです」

わたしもBさんに、えっと思うくらい雑な対応されたことはあるな。Aさんはけっこう偉い人だから、虎の威の借りがいがある。Bさんが虎の威を借りているのか、もともとアレな人なのかは知らんけど。

「でも、やってるかどうかはわかんないよね」

やってるというのはつまり、性交しているかどうかということである。いや、「デキてる=やってる」ではないけれど。でも、別にデートを見られたとかではないんだよね。と口に出すと、「いやいやいやいや」とその場にいた人全員に畳みかけられる。奴らの間に流れる濃い瘴気が目に入らんか、というのである。

でも、やってないと思うんだけどなあ。

証拠もないのに決めつけるものではないとか、うわさ話はよくないとか、そういう清廉な理由ではない。わたしが知っている清廉な人は、その手の話になるとすぐ「そういう話は聞きたくないんだよ、Bさんが聞いてほしくて言いふらしてるんなら別なんだけどさあ」と打ち切っているが、人としてはこうありたいものだ。

わたしが言いたいのは単に「やってないほうが社内での精神的ないちゃつきが過剰になり、周囲のうわさになるケースだってあるのではないか」ということである。やっちゃっていたら、多少は怪しまれないよう慎重になると思う。別に会議室で忍びあわなくても、外で会えるだろうし。

とても仲良しでうまが合っているにも関わらず、やってないという事実がかれらの間に厳然と横たわっているからこそ、何もやましいことはないと傍若無人になり、調子にのったふるまいが止まらなくなるっていうこともあるんじゃないですか?! とつい声が大きくなってしまったが、おわかりいただけただろうか。つまりわたしは、そういう中間色な関係性のほうが業(ごう)って感じがして、より好みであると言いたいのだ。恋バナを収集するのをやめたわけでも下世話を卒業したわけでもなく、好むエピソードの性質が変わってきているのである。

やってない説は非常に人気がなく、わたしがガリレオみたいに「それでも地球は回っている……」とつぶやいて終わることが多い。一度「そうですね。やっていないと思います」と同意してくれる人に会ったが、彼女は「わたしは前の職場で3年間上司と不倫していたのでわかります。あれはやってないです」と言い放った。そんな不倫ソムリエの意見は求めていない。

 

ただ、会社でどんな関係性に最高に萌えるかといえば、やってる・やってないより何より「人間的には好きでも何でもないが、お互いに淡々と仕事し、人間性と関係ないところで協力して超はかどる」という状態である。AさんとBさんが付き合ってるといっても、ナマモノの交際エピソードは一歩間違えば風評被害だし、しょせんは人間×人間のお付き合い。一秒でも早く飲み会を辞し、海底にガラス質のレース状ドームを作る海綿の仲間・カイロウドウケツと、その中で一生を過ごすドウケツエビの夫婦のことなどを考えていたい。

自分のまわりで日に日に高くなっていくものが殻なのか檻なのか次第によく分からなくなりながら、わたしは人や動物の関係性エピソードを黙々と集めているのである。