第九話 「逆転のプルコギ」

 

「駒込5点、Suica自動チャージ機能なし、早く登録した方がいい。巣鴨10点、ライブハウスにスーツ、ビールこぼしてワンドリンク飲めず、大塚4点、のれん街に執着し過ぎ、池袋-20点、急に夫婦になろうとし」と、モト子がここまで早口で言うと

 

「待った、待った!それは無いよね?てかさ、だいたいそれ何点満点採点?10点?だとしてだよ、だとしないのをわかって言うけど、マイナスって!マイナス20って……」ユウイチは自分で言いながらひとりでに萎んでいく。

 

「目白11点、切手が可愛かった」モト子がかまわず続けると

 

「はい、10点満点説消えたー、じゃぁ大塚の4点って何?もう……」そう言ってユウイチは右手にあった生ビールのジョッキを掴もうとして中身がない事に気づく。

「すみませーん、生おかわり~」空のグラスを軽く持ち上げてカウンター越しに厨房奥に居る店主に見えるように合図した。店主は片耳にイヤホンを付けてテレビを見ながら新聞を読んでいた。起用だ。

 

モト子はウーロン茶を飲んでいた。デートとは言いながら、彼女はあくまで『仕事中』みたいなものなのだ。教習所で言うと教官みたいな、あくまで採点をしなければいけないお立場なのだ。とユウイチは勝手な解釈をする。

 

「で?高田馬場は?」あんなに文句を言っておきながら採点がやはり気になる。「それは、まだ」モト子は言いながらユウイチの頭よりも高い位置を見る。エプロンを付けた太ったおばさんがまるで自分がこれから飲むみたいにしっかりジョッキを握って立っていた。ユウイチはそれを受けとりながらモト子のグラスに目をやったが、ウーロン茶はまだ半分以上残っていた。

 

店を出ると「いいから」「いいですって」「だからいいって」という会計時によく見る悶着を一通り繰り広げてから、結局ユウイチが折れた。「奢ってもらうと借りが出来たみたいになって本音が言えない」という一言がトドメになった。そういえば、池袋のお金も返すつもりだった事をここで思い出す。が、それも無用になった。ユウイチはモト子が本音を言おうとしてくれている事が嬉しい一方でこれからどんな本音を言われるのだろうと思うと、背中が少しぞっとしたのを感じた。

 

「じゃぁ、次は新大久保ですね楽しみ~」とモト子が言うのでユウイチ思わず「楽しみ?」と聞く。モト子は、わたしが楽しんだら何か問題でも?という様な圧を出してから「わたし、プルコギ大好きなんです」となぜかどや顔で答えた。ユウイチは酔い冷ましに新大久保まで歩くつもりだったので駅でモト子を見送る。人はますます増えている様子だった。

 

人込みの中にモト子が完全に吸い込まれたのを確認してユウイチは歩き出した。目白から歩いてきたので新大久保に向かう方向には全く迷わなかったが、思っていたほど新大久保が近くない事がわかると目的が切り替わった様に急に速足になった。ちょうどユウイチの背中に汗がしっとり湿り出した時、携帯がポコンと鳴った。モト子からだった。

 

『新大久保、明日にしませんか。それからできれば明日からは毎日1駅行けるようにしたいです』

 

仕事の都合にもよるので毎日のデートが絶対可能と約束はできないが、場所と時間を調整すればおおよそ問題はないと思う。と返した。携帯画面を暗くしてからポケットに入れ薄暗い空を見上げながらユウイチはこんな事を思う。

 

「いよいよ俺の事好きになったな」

 

***

 

 

「ここは絶対間違いないんだって~!」ユウイチは白い小さなエプロンを首から下げて上機嫌で言う。モト子はそれを聞いているのかいないのかユウイチとは少し違う種類の機嫌の良さで口から迎えに行く様にしてプルコギを食べていた。どうやら銀色の箸が滑る様だ。今までにない手ごたえのあるモト子の反応にますます気が良くなったユウイチは『この店選んで正解だったでしょ』自慢が止まらない。二種類の幸せが交わることなく自由に放たれているそのテーブルはまさに『平和』だった。

 

「何点?何点?」体から未だ香ばしい焼肉臭を漂わせながらユウイチはしつこくモト子に尋ねる。モト子は「そうですね~」と言いながら大通り沿いにあるコスメショップや雑貨店の店先にあるフェイスパックやリップなどを見ていた。ユウイチはまるで聞いていないモト子に採点を求めるのを諦めて何気なく街を見渡した。目の高さで通り過ぎる景色にはすごく異国を感じていたのに、少し目線を上げたら見慣れた信号や標識、線路があって、やっぱりここは日本だなと思う。

 

そのままもっと目線を上げて空を見上げたら景色はどことも変わらなくなった。

 

「はい」という声が聞こえて振り向くとモト子がユウイチに知らないおじさんとハングル文字が描かれた飴を差し出していた。路上で配られていたのか、プルコギを食べた店でもらったのか。とりあえずユウイチはそれを受け取って食べずにポケットに入れた。何見てたんですか、とモト子が言うので新大久保から見える日本、とユウイチが答えるとモト子は「格好つけ意味深発言マイナス5点」と言った。ユウイチはそれを聞いて思わずブーっと噴き出した。