第十話 「再び、シマ」

 

モト子とデートをするようになってこんな事は初めてだった。待ち合わせにモト子が来ない。ユウイチは最初、モト子の寝坊を疑って、そのうち電車の遅延を想像し、その後、事故か病気が心配になって、最後は自分が嫌われたかもしれない原因を探し始めていた。

高田馬場のデートの以降、デートは毎日にしようと言ったのはモト子だった。昨夜新大久保で食事をした時は全く普通だったのに。ユウイチは携帯を取り出して三度目のメッセージをモト子に送った。

 

『今日、新宿20時でよかったよね?もしかして何かあった?』

 

二度目のメッセージは30分前、最初のはそのさらに30分前に送った。どれにも既読マークはついていなかった。(本当に、何かあったかもしれないな……)そう思いながら電気屋の巨大スクリーンを見ると時刻が21:40と出ていた。体もそろそろ冷えて来た。とは言え連絡が取れないまま帰って何かあったらと思うと動けない。どうしたものか、と悩んでいるうちにユウイチの携帯が鳴った。ユウイチは咄嗟にモト子だと思った。待っているのだから当然と思えばそうかもしれなかったが、たまに携帯の震えから相手を直感する事がある。メッセージはやはりモト子からだった。生きてた。という安心が体の中に広がってからユウイチはちゃんと文章を読んだ。

 

『すみません、急に具合が悪くなって今病院に来ています。大したことはありませんが今日は行けません』

 

ユウイチは「ほっ」と息を一つ吐いた。「嫌われてなかった」が、一番の「ほっ」かもしれなかったが、「事故じゃなくて安心した。こっちは気にしないでお大事にね」と返した。ほっとした理由は事実上「無事であった事」になった。どちらでもいい、とりあえずこれで気兼ねなく家に帰れる。ユウイチの「ほっ」にはいくつもの種類があった。

 

***

 

ユウイチは新宿から電車で20分程のオートロック付きの1LDKのマンションに住んでいる。家賃は安くないが、他にお金を使う趣味もないので家くらいという気持ちと、あとは会社まで遠くなく、通勤に負担がないなら結果安いのではないかと思っていた。最寄り駅からマンションまでは徒歩10分。慣れた手つきでセキュリティセンサーにキーをかざし自動ドアを開ける。エレベーターに乗って部屋のある5階まで上がった。ぼんやりとモト子は大丈夫か、インフルエンザか何かだろうか、明日は会社に来るのだろうか。などと考えていたら通路に居た人とぶつかりそうになった。慌てて「あ、ごめんなさい」とその人を見るとユウイチは思わず「うわぁ!」と悲鳴を上げた。

 

「うわぁ!て、お化けじゃあるまいし、何ですか。僕ずっと待ってたんですよ」

 

「出た……」と恐怖に顔を引きつらせたユウイチの目の前には池袋と目白に突然現れて消えた謎の男『シマ』が立っていた。

 

「ストーカー?」

 

ユウイチが恐る恐る言うと

 

「違う違う、勘弁してくださいよ~」とシマは両手を軽く上げて何もしませんというポーズを見せた。オートロック式のマンションの中に入って対象の部屋の前で待っている、それだけで十分通報できる状況だと思ったけれど、ユウイチは何故だかシマからそういう危険を感じなかった。シマはどうしても伝えたいことと確かめたいことがあって、それが終わったらおとなしく帰るとユウイチに約束した。ユウイチは考えた末それを受け入れる事にしたが、部屋に上げるのはさすがに抵抗があったので駅前の適当な店に入る事を提案しシマもそれを飲んだ。

 

二人が入ったのは駅前の細い通りにほぼ毎晩出ているおでん屋台だった。客も他におらず、人通りも適度に少ないので丁度いいと選んだ。

 

「で、何なんですか?僕に用って」

 

ユウイチは適当にシマから距離を取って座り注文した酒が届くのを待たずに聞いた。シマは「そう慌てないで」と諭しながらも上着の内ポケットから池袋でユウイチに会った時に見せた写真を出した。

 

「これ、本当に、小野さんじゃないんですか?」

 

シマは写真に写る女の顔の部分を指で数回突いてからユウイチの前へ滑らせた。ユウイチは写真を手に取り改めて女の顔をじっくりと見た。心の中に思い当たる時々泥酔して記憶を飛ばしてしまう自分を思い出し、もしかしたら起こったかもしれないおふざけの可能性なども多い目に見積もって考えてみたがやはり自分ではなく、シマにそう告げた。するとシマは

 

「やっぱり……ですよね、わかります。だって似てないもの。でも、最後に一回だけ、これ、やらせてくれません?」

 

ユウイチは今度は何が始まるのだと顔を歪めてシマを睨むとシマは「大丈夫」と言ってカバンから小さなポーチを出し、それをまさぐりながら「3分で終わりますから」と言った後、両手を胸の前でXにした。両方の指の間にいくつか物が挟まっているのが見える。

 

「け、化粧するんですか?」

 

のけ反るユウイチをシマは手早く捕まえ「すぐ終わりますから」と微笑んだ。暖簾に映る影だければ二人はただただ楽しく騒ぐごく普通の酔っ払いの様に見えた。

 

数分後、シマはユウイチから手を放し、女の写真をユウイチにかざしながら改めてユウイチを見つめて言った。

 

「ブス」

 

ユウイチは真っ赤な唇で顔も耳まで赤くして「あんたが勝手にやったんだろう!」と激高した。

 

シマは「まぁまぁ」と得意の営業スマイルでユウイチをなだめながら「これでとりあえず一つ謎は片付いたので、改めて僕がなぜあなたを探すことになったのか一からご説明します」と言い携帯を取り出した。ユウイチは「え……、ちょっと、待ってください?」と何か重要な事を思い出したようにシマを制止し聞いた。

 

「メイク落とし、あります?」

 

シマは全ての動きを止めたままユウイチを見て「ごめん」と言った。

 

 

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