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Case3 邂逅(?)後編

 

そう、“あそこ”にいたということは、彼も何かしらを抱えている訳だ。見た目もそうだが、喋り方や雰囲気からも、とても不調を抱えているようには思えない。

 

「不眠症だから、眠剤貰いに行ってるんだよね、それだけ」

 

「え、それだけなの?」

 

「そうそう。メンタルがやられてるって訳ではない」

 

返ってきた言葉は酷くシンプルなもので、少しばかり落胆した自分がいた。もしかすると、彼も私と同じように心に不調を抱えていて、言ってしまえば同志かもという淡い淡い期待と希望を抱いていたからだ。

 

「何で落ち込んでるの。俺はそうなだけで、出海さんは出海さんでしょ。というか、あなたこそ何であそこにいたの?」

 

会話の流れとしては何も不自然でないが、あわよくば聞かれたくなかった。彼を見れば、どこか核心づくような真剣な表情をしている。私が抱えている弱みをこの人に見せて大丈夫なのか。頭の中をフル回転させるも、言葉に詰まる。この人は、敵なのか。味方なのか。分からない。

 

「言いたくなければ言わなくていいけど…」

 

「うつ病なの」

 

彼の言葉に被せるかのよう、咄嗟に口が開いた。きっと私の顔は強張っている。それを振り払うかの如く、もう殆ど量が残っていないカプチーノに口を付ける。ぬるいを通り越し、冷たくなりかけている液体が口に広がった。

 

「仕方ないよ、今まで1人で頑張ってきたんだから」

 

予期せぬ返事に目を見開き、彼を見ると相変わらず真剣な表情だった。視線を合わせたまま、無言の時間が流れる。大きな瞳には、私だけが映し出されている。吸い込まれてしまいそうな、全てを見透かされてしまいそうな黒目勝ちの瞳だ。

 

「俺はTwitterや記事を通してでしか見てきてないけど、尊敬してるよ。同い年でここまでやってきたって、とんでもなくすごいと思ってる」

 

「透和くんだって、フリーランスじゃない」

 

「自分を追い込んだのは、そうやって人と比べてきたのも要因でしょ」

 

思い切り、図星を突かれた。

 

「痛い所を突くね」

 

「そう思うなら。やめればいい」

 

「やめたいよ、でも」

 

「でも、とか、そうやって言い訳に逃げるな」

 

低く、心にズシンと沈む声色に思わず背筋が伸びる。真剣さを通り越し、もはや怒りさえも感じられるような顔に怖気付く自分がいる。水が足されたグラスを一気に飲み干すと、その表情を変えないまま彼は言う。

 

「あなたはある意味逃げられない所まで、うつ病って診断を貰うまで、自分の不調はれっきとした病気なんだって向き合わなきゃいけない状態なわけ」

 

「そうだね」

 

「だから、自分がそうなってしまった要因を洗い出して、オセロをひっくり返していくみたいに今までの価値観を疑い、変えなきゃいけない」

 

「うん」

 

「今すぐになんて酷なことは言わないけど…他人とかそういうどうでもいいものを無視してでも、自分を守る時なんだよ。そういう時に他人がウンタラとか考えても、一生そのままだよ?」

 

人によっては、「うつ病を患っている人に対し、そう言うなんて失礼だぞ」と言いかねない厳しい口調だが、私にとっては心地よく、もっと言えば自分が今一番欲しかった言葉のようにも思えた。

 

「あ…」

 

気付けば、頬に涙が伝っていた。どんどん涙が溢れて、止まらない。彼から渡されたポケットティッシュでいくら拭こうが涙は止まらず、ついには無意識の内に嗚咽まで漏らすようになっていた。周りから見れば、振られた女や、喧嘩しているカップルの片割れだろう。公衆の面前で涙が止まらない恥ずかしさはあるが、それ以上に最近感じていなかったほのかな解放感にも満ちている。

 

「俺はどう思われてもいいから、無理に泣き止まなくていいよ。声上げるのは流石にだめね」

 

また笑顔に戻った彼を見たら、今度は安心感からか涙がまた溢れ出す。こんな時でも、「メイクしてなくてよかった」なんて野暮な考えが脳裏を過るのだから、女子は面倒くさい。私が完全に泣き止んだのは、30分後。カフェに着いてからは、2時間以上経っていた。

 

 

 

 

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