第十一話 「メイクオフ」

 

コンビニの袋を右手にぶら下げながらおでん屋の暖簾をくぐってユウイチが入って来た。反対の手にはすでに袋から出したウェットティッシュの様な物がくしゃりと握られていて赤や黒や肌色にそれは汚れていた。ユウイチの顔を見てシマが

 

「アレみたいですね、バッドマンの悪役のおじさん」

 

と、言って笑った。ユウイチは中途半端にハゲ落ちたメイク顔のまま「ジョーカーね」と言った。

 

拭くだけで落とせるメイク落としを更に二、三枚袋からつまんで出し、顔をごしごし擦りながらユウイチは「で、結局あなたは何がしたいんですか?手短にお願いします。僕明日も仕事なので」と隣で笑うシマを突き放すように言った。目元を拭くとまだ黒っぽい汚れが付いていた。

「まぁまぁ」と言いながらシマは相変わらず気持ちの入ってなさそうな笑顔でユウイチのコップに酒を注ぎ自分のポケットから携帯を出して見せた。

 

『ブロガー探偵TORU SHIMA~君の役に立ちたい~』

 

芸能人などがよく使っているブログサイトのマークの隣に売れないホストみたいな髪型をしたシマの顔写真とキラキラ加工されたそのタイトルがあった。

 

「これ何ですか?」

 

ユウイチは単純に意味が分からずシマに聞くと

 

「え?見てわかりませんか?これ僕なんですけど」

 

シマは画面を指さしながらまるで何も知らないユウイチの方が変だとでもいうように目を丸くしながら言った。

 

「全然、一ミリも聞いたことないですTORU SHIMAも、あと何ですか?ブロガー探偵?これは…何ですか?職業ですか?え?ブロガーですか?いや探偵なんですか?」

ユウイチはやや粘着質に質問を返し、それはまるでこれまでの仕返しをしているようだった。

シマは、『探偵ブロガー』ではなく『ブロガー探偵』というのが大事なのだと強調し、普段は平凡なブロガーとして生きているが、その裏で実は探偵(特に人探しを得意とする)もしている――という体で活動している。と言った。その説明を聞いてユウイチは「はあ」と曖昧に頷きながら(結局だからブロガーなんだな)と思った。

 

シマはユウイチの反応に納得したのかそれ以上の説明はせず、スマホ画面に何度か触れて「ああ、あった、これですほら」と言って携帯画面をユウイチに渡して見せた。そこにはこう書かれていた。

 

【ハンドルネーム:コウノトリ

タイトル:人探しの依頼

 

本文:拝啓TORU SHIMA様、突然のダイレクトメール失礼致します。いつもブログを楽しく拝見しています。実は、今ある人を探していて日本で唯一のブロガー探偵であるTORU SHIMA様にぜひ依頼をしたくてご連絡をしました。対象の人物は見た目は女性ですが中身は男性で名前を「オノユウイチ」と言います 〔添付1〕 】

 

「な、なんなんですか?これ!」ユウイチは思わず声を上げた。

「今思えはイタズラだったのかなって思いますけど、でも怖いですよね~小野さん誰かから恨みでも買ってるんですか?」

シマはそう言うと牛すじをはふはふしながら口へと運んだ。

 

メールには続きがあって、他の探偵には自分の身元などの提供をしなければならず、それが出来ない状況の為、シマに依頼したいとも書いてあった。ユウイチは全く身に覚えのない恨みを持たせた人物を頭の中で探しながら

「でも良く僕を見つけましたよね、だって名前だけじゃ普通無理ですよね。写真も僕とは全然似てない女の人だし」と一応関心して言うと

「あ、それは依頼主から情報提供してもらいました。池袋で初めて会った日、あの場所に行けと連絡してきたのも依頼主ですし」と事も無げにシマが答えた。

(結局この人、何もしてないじゃないか……)ユウイチはそう思いながら、だったらなんであんな意味深な態度で近づいてきたのかと尋ねるとシマは、雰囲気だ。とまたも事も無げに答えた。それを見たユウイチは、安堵と呆れが混ざった様な大きな息を一つ吐き出した。

 

「とりあえず、今日はもう帰ります」

ユウイチがそう言って席を立ちかけた時「あ、モト子さん」とシマが言った。ユウイチは咄嗟に店の外を見回したがそこには年配の女性と太ったサラリーマンの姿しかなかった。

「いい加減にして下さいよ」とシマの方に振り返ると「じゃなくて、ほらあそこ」とシマが屋台の中の小さなテレビを指さしていた。画面の中には路上ライブか何かに集まる人々の群衆があり、その最前列近くにモト子の姿が確かに見えた。さらにその傍らには小さな子供の姿があり、二人はお互いの手をしっかりと握り合っていた。

 

 

「モト子さん子供居たのかー、全然わかんなかったなー」となぜか嬉しそうに話すシマの隣でユウイチは酒の入ったグラスを唇に当てたまま固まっていた。具合が悪くなったと言って待ち合わせに来なかったモト子がなぜ子供と一緒に野外でライブを見ていたのだろう。ユウイチはモト子ののっぴきならない事情を探していた。

 

「依頼します?」

 

モト子が映った画面を見てから一言も発さず黙り込むユウイチを見ながら不意にシマが言った。その言葉で目を覚ましたようにユウイチの身体がようやく動いた。

 

「モト子さん、調べますよ」

 

そう言って微笑むシマの顔は今まで見たどの笑顔よりも生き生きとしている様に見えた。

 

 

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