Case4 とわのゆううつ 前編

 

つまらない。一日が始まり、そして終える時、頭に浮かぶ言葉は常に変わらなかった。

別に日常生活において、不安や不満がある訳じゃない。自分自身が、恵まれた環境で順風満帆に歩んできている自覚は痛い程ある。きっと、世間から見れば、俺は羨望の眼差しを向けられる側の人間だ。傍から見れば、華々しくとも、そんなものまるで意味は無い。

 

つまらない。

 

今日もまた、いつものようにPCを開く。クライアントからのメールを手早く返信し、Twitterを開く。人々の悲喜交々ときっと明日には忘れられているような情報が雪崩のように流れる様は、どこか滑稽にも感じていた。

 

「よくもまあ、毎日こんなキャンキャンとうるさく出来るよな」

 

そんな光景を暇潰しに使っている自分も、この一幕の一部であるのは百も承知だった。ある程度TLを読み終え、PCを閉じた。先程淹れたコーヒーはまだ熱さを残している。時刻はまだ、午前十時前。窓からは、主張の強い日の光がこれでもかと差し込んでいた。

 

つまらない。

 

目を閉じて考える。俺は今、何が欲しいのか。仕事も、金も、十分にある。物欲も強くは無いから、最低限のものさえあればいい。野心や上昇意識が無い訳じゃない。だが、自分はこのまま成功していくのだろうという漠然とした自信があるせいか、必死さなんて皆無だ。自信を持つのは、余裕を持つのと同義なのだろうか。俺としては、その疑問に答えを見出す必要性すら感じていなかった。

 

部屋には、いくつかの酒が飾ってある。その中からウイスキーを選び、マグカップから半分減ったコーヒーを補うかの如く、ブランデーを注いだ。そして、デスクからピルケースを取り出し、中に入っている様々な色と形をした錠剤を見つめる。

 

「どーれーにーしーよーかーなー」

 

わざとらしく独り言を呟きながら、ピンク掛かった丸い錠剤を五錠取り出す。それを口の中に放り込み、噛み砕き、即席のカフェロワイヤルで飲み干した。ものの十分も経てば、いつものように身体がふわふわとした感覚に陥り、気分が意味も無く高揚してくるのが分かる。

 

つまらない。それを打破するお遊びを覚えたのはいつだったか。思い出すのも面倒くさい。

理性的でないとは理解していても、身を蝕む退屈から逃れるにはこの手段しか無かった。

 

「うけんなーまじで。あっはははは」

 

自分で自分が分からないフェーズまで来ると、徐にiPhoneでまたTwitterを開き、あるアカウントのページに飛んだ。

 

「つまんねーな」

 

ずっとお気に入りだったアカウントだが、最近更新頻度が減り、投稿文にも勢いが無い。エッジの効いた内容を気に入っていたのに、自分を退屈からほんの少しでも救い出してくれていた存在であったのに、今はその面影も無い。

 

「どーしたんだよーお前はそうじゃねーだろー」

 

半ば呂律が回っていない独り言は、空しく宙に浮く。勿論、このアカウントの主にも届かない。視界も歪みだし、ベッドへと倒れ込む。そのまま深く深く沈んで行ってしまいそうとも感じた。それでも構わなかった。意識が飛びかけた時、iPhoneの着信音が響く。通話ボタンを押すと、馴染み深い高めの男の声が聞こえた。

 

「何してる?」

 

「あ?退屈の抹消作業中」

 

「…またか」

 

「なんだよ」

 

「その状態が終わったら、今夜飯いくぞ。LINEに場所と時間を入れておくから、確認しておけよ」

 

通話はすぐに切れた。呆れと嫌なぐらいの冷静さが入り混じった声は、いつもと何ら変わり無かった。通話歴に記された、“兄貴”の文字を目にした後、俺の意識は遠く彼方へと飛んでいってしまった。まだ、昼前だった気がする。

 

 

 

 

つまらない。つまらない。つまらない。つまらない。

 

 

 

全部、つまらない。

 

 

 

 

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