第十三回 帰りたくても残業がある「ホテルブラック企業」

 

ブラック企業が話題になっている。終業時刻になってタイムカードは押すけれど、その後も変わらず仕事を続けなければならなかったり、ノルマがあり自社製品を自分で買わなくてはならなかったりと、いろいろなブラックな話題がある。

 

そこで今回紹介するラブホテルが「ホテルブラック企業」だ。ブラック企業は最近話題になっていることだけれど、このホテルはかなり昔からある。バブル期にできたホテルで、その頃は今ほどブラック企業が話題にはなっていない。先見の明があるホテルと言ってもいいかもしれない。

 

そのホテルは東京と神奈川を分ける多摩川沿いにある。土手には都内にある大学や高校のグランドがあり、夕方頃になるとその練習場は賑わい、ランニングコースには走るのを趣味とする人がイヤホンをして走っている。

 

土手から道路方向に降りるとそのホテルはあり、外観は昔からある会社の事務所のようだ。もちろん事務所ではない。看板には白地に黒で「ホテルブラック企業」と明朝体で書かれているので、土木関係の事務所のようにも感じる。

 

入り口を入ると玄関には雉の剥製や、何かで賞を取ったのだろうと思われる盾、若干元気のない観葉植物、日焼けした地球儀と世界地図が置かれている。部屋を選ぶのだけれど、第一会議室、第二会議室のように全てが会議室で統一されている。

 

会議室を選ぶと「朝礼」が始まる。鍵を受け取るために、受付に行くと小さな光が溢れる隙間に向かい大きな声で「おはようございます」と言うことを求められる。できるだけ大きな声で「おはようございます」と言い、「自分は本日1回は行いたいと思っています」と目標を大きな声で続ける。その隙間からは「聞こえない」と怒鳴り声のようなものが聞こえ、「自分は本日1回は」ともっと大きな声で発する。次は「足りない」と返される。

 

声量が足りないのだろうか、目標が足りていないのだろうか、悩む。答えがわからない。しかし、ここでは質問をすることは許されない。結果、もっと大きな声で「本日2回は」と回数を増やすと初めて、会議室の鍵が出てきた。鍵を受け取る際に光の溢れる隙間から受付の奥を見ると、額に入った「お客様は神様です」と書かれているものが見えた。お客さんにこんなことを言わせていいのか、と疑問に思ったけれど、いいのだろう。

 

私にだけこれを言わされているのかと思って、受付の影の方で様子を見ていたら、すごいノリノリでラブホに来たのだろうと思われる若いカップルも同じことをやらされていた。若いからだろう、2人で声を揃え「3回は行いまッス」と言っていたけれど、足りないと言われ5回と言っていた。3時間で5回は無謀だろう、と思うけれど、5回だって、と二人戯れつつ話しながら、部屋に消えていった。

 

部屋は普通のラブホテルと変わらない。ただ避妊具はない。さっきあれほど大きな声で2回はします、と言わされたのに。忘れているのかと思い、受付に戻り、「コンドームを」と言うと、5個買わされた。2個でいいのに、「ノルマだから」と言われ、5個買わされるのだ。もしかしたらぼったくりのラブホテルなのかもしれない。

 

しかし、特別そういうわけではない。3時間の休憩で入ったのに、3時間で出ようとすると、受付の男性が光の溢れる隙間から、「何回したの?」と言われ、2回です、と言うと、「3時間でタイムカードは押しとくから、戻って仕事して」と言われる。もちろん料金は3時間分だけれど、結局ノルマで買わされた5個のコンドームを使うまで出られないのだ。

 

私は取材で訪れたのに、受付でオーナーと談笑していたら、ちょうどさっきの若いカップルが出てきたので、控えめにひっそりと顔を見ると、げっそりしていた。とてもげっそりしていた。あんなに元気で、性行為に前向きだったカップルが若干干からびているようにすら見えた。それがこのラブホテル「ホテルブラック企業」の人気の秘訣だ。一見強要されることにうんざりするカップルが多いと思いきや、意外とリピーターが多いそうだ。仕事と違い、このブラックさを求めている層が一定はいるのかもしれない。

 

また最近は、いろいろな社会情勢の変化で「ブラック企業」の隣に「働き方改革」というホテルを作ったそうだ。こちらはノルマなどはないが、アドレスフリーを採用しているらしく、部屋同士の仕切りがないので、新たなる性癖を満たすためのお客さんが増えているそうだ。