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Case4 とわのゆううつ 後編

 

「お前、睡眠導入剤をアルコールで過剰摂取なんて、何も生まない非生産的なことするな」

 

21時前。西麻布にあるフレンチレストランの個室で電話の主、つまりは兄が口を開く。表情は無い。馬鹿にしたり、軽蔑したりなんてものは一切無いが、逆に言えば、心配の言葉がフェイクに思えるほど、無興味にも感じられる。

 

「じゃあ、アルコールで飲むのをやめるかな」

 

「高カリウム血症と薬物依存で若いながらも破滅の道に一直線だな。おめでとう」

 

表情を変えず、皮肉をさらりと言ってのける兄に対し、普通なら怒りや悲しみを抱くのかもしれない。けれど、俺は違った。兄こそ、俺を退屈から救ってくれる重要人物で、何よりも敬愛しているからだ。これに関しては、ブラコンと言われてもいい。それ程、俺は兄を好きだった。

 

「破滅の道は遠慮するわ。だけどさ、つまらないんだよ。退屈で毎日狂いそう」

 

「こないだお前に投げた案件は?」

 

「終わった。クライアント様、大絶賛」

 

「そうか」

 

「仕事は別だからね。刺激はゼロだけど」

 

「仕事に刺激を求める人間なんて、ロクな奴はいない」

 

兄はそう言って、グラスに注がれた赤ワインに口を付け、皿に盛られた野菜を崩す。兄のこういうリアリストな面も、好きな要素の一つだ。俺の能力は認めてくれているらしく、わりと頻繁に仕事の案件を流してくれる。しかも、条件はどれも素晴らしかった。俺が退屈を理由に呆れられるような、下手したら見捨てられるようなことをしても、しっかりと仕事については正当な評価をしてくれる。良くも悪くも、一切に公私混同は無い。

 

「お前を評価する人間がいるなら、その人間を裏切るかもしれない要素は排除しとくべきだ」

 

「分かってますって、兄さん」

 

「分かってないだろ、愚かだ」

 

「まあまあ、そんな怖い顔はしないでよ。兄さんこそ、最近どうなの?」

 

「相変わらずだ」

 

「婚約者は?」

 

「何も問題ない」

 

「それなら何より。てかさ、兄さんって出海眞代と知り合いじゃないの?」

 

気のせいか、一瞬、ほんの一瞬だけ、兄の顔が強張ったように見えた。

 

「誰だそれ」

 

「コラムニストだっけ、ネットで記事書いてる女の子。Twitterのフォロワーも多いし、投稿も面白いんだよね」

 

「インフルエンサーなんてたかが知れてるだろ」

 

「なんか惹かれるんだよね。会ってみたいわ」

 

「戯言を言う前に今の自分をどうにかしろ」

 

兄の声は珍しく、凄みを孕んでいた。驚いた。まるで、全力でこの話題を拒否しているかのようにも思え、さっきの顔の強張りは勘違いではないという確信さえも得られた。

 

「過剰反応しすぎでしょ」

 

「お前が馬鹿な発言をしてるからだ」

 

「年頃の男が同じく年頃の女に興味を持つのが悪い?」

 

「仮に色恋的な興味だとしても、自分のことを自分で賄えない奴にとっては無駄でしかない」

 

ムキになっているとも捉えられる兄の態度が面白く、俺はこの話題を意地でも続ける。

 

「眠剤の過剰摂取は、やめるよ。だから、その代わりにその子と繋げてよ。兄さんの繋がりなら一発だろうし」

 

「俺に何のメリットがある」

 

「可愛い弟の命が掛かった更生」

 

「いつ俺がお前を可愛い弟だなんて言った」

 

「兄さんは親しい人としか、こんな時間も作らないって知ってるよ」

 

「じゃあ。帰れ」

 

「酷いなあ」

 

「透和」

 

「何ですか?」

 

「俺はお前の為に言っている。そういう訳の分からない女にうだつを上げる時間があるなら、自分のスキルアップに費やせ」

 

俺に向ける視線には、どこか怒りさえも感じられた。兄さんがこんな視線を向けてくるのは、初めてだった。そんなにも、出海眞代というのはやばい人間なのか。それとも、兄さんは本気で俺の行いを律そうとしているのか。考えても結論なんか出ず、そこからは特に会話も無いまま、食事を続けた。

 

つまらない。つまらない。つまらない。つまらない。

 

 

 

 

嘘、すっげー面白くなる。

 

 

俺の直感は、この後すぐに当たるなんて、思いもしなかったし、誰よりも兄さんが思いもしなかったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

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