第十三話 「代々木1」

 

 

雲ひとつない、真っ青の空が広がる良く晴れたの土曜の昼、代々木駅前はユウイチが想像していたより人はいなかった。西口改札を出てすぐのコンビニの前でモト子を待ちながら、ユウイチに見える景色には沢山の予備校や専門学校の看板があり、恐らく平日の昼間が逆に人がとんでもなく多いのだろうと想像する。コンビニのレジの中にある時計を見ると12時45分を少し過ぎたところだった。モト子との待ち合わせは13時、少し早く着き過ぎたユウイチは、ぼんやり昨日の晩のシマとの時間を思い出していた。

 

***

 

「へー、どうやって」

ユウイチが「デートをする」と何かに決意を固めた途端、今度はそれに水を差すようにシマが言う。

「あなたねえ!自分が焚き付けたんでしょ?デートしないなら何のための人生だくらいの事言ったでしょ?」

「いや……そこまでは」

ユウイチはいじられ芸人のツッコミの様な声と身振りで、掴みどころがないシマの態度にジタバタする。

「いや、でも、デートするって決めたのは小野さんだし、デートはいいですよ、した方が。だって、デートなんだから。それはいいんですけど、で、どんなデートなんですか?と僕は問うているんです」

シマの顔はますますニヤついている。そして、それに僕は協力したいんですよ。と、さらに付け加えた。

ユウイチは、シマに指摘された通り「自分が何をしたいかわかっていない事」や「目の前の事に向き合って毎日を過ごしていない事」に対しに漠然とした焦りを感じていたが、いざじゃあ、それをデートに反映するとなると、どこからどうアプローチを掛ければよいのかはわかっていなかった。しかし、とても感覚的な部分で「デートをする」と、声に出すと、それだけを見て集中して行動できる、そんな気がしていたし、それをすべきだし、またそうしてみたいと思っていた。そんな風に、自分の感覚の中に神経を巡らせた後ユウイチは

「正直、何をすればいいかとかわからないです。でも、今までとは違う気がするんです。いいデートという目線じゃなくて、僕のデートっていうか……」

と、そこまで言ってから、何言ってるかわからないですね。自分でも、と言いながら肩をすくめた。

すると、それを聞いたシマが突然立ち上がり

「それだよ、ゆーちゃん!誰にもマネできない、世界で一つのオリジナルデート『俺のデート』だよ!」

「俺の……、ゆーちゃ……?」

ユウイチは色々と引っかかるポイントがありすぎてそれ以上言葉が出ず顔だけで「?」を作り続けていた。するとシマがぐっとユウイチの肩を掴み

 

「大丈夫、どんな凡人も自分でさえいれば、世界で唯一の人になれるんだから」

と人工的に白さを保っている様な歯を見せて笑った。

 

ユウイチは(どこの自己啓発本だよ)と内心呟きながら、同時に、「自分でさえいれば」という言葉がなぜか違和感なく突然、自分の中の一味になった感覚を不思議に思っていた。

 

***

 

改札から、何回かの人の塊が流れて来た後、モト子が現れた。モト子はユウイチがすでに街に馴染んで立っている様子に驚き、慌てて時計を見た。

「ごめんなさい、待った?でも今まだ12時55分だよ」

そう言ってユウイチの目の前で足を止めたモト子からはほんのり石鹸の香りがした。

ユウイチはちょっと寄るところがあって、早めに着いただけだと嘘をついた。本当は今日のデートの意気込みからのフライングだったが、その説明をする時間とそれを聞かされた後のモト子の思考スペースが勿体ないと思った。

 

「じゃあ、どうしましょうか。代々木まで来たらやっぱりカフェとか何となくおしゃれになって来た感じ!」

今までのデートでは見られなかったモト子のイマドキ女子らしい一面を垣間見、ユウイチはモト子にも普通にそれがあったという事になぜか安心した。

「あ!ドコモタワー!こんなに近くで見たの初めてかも!歩いていけるかなあ、あ!たい焼きだって!老舗っぽい!あ、そうだ、さっき駅で新宿御苑って案内出てたかも……」

モト子は今までのデートで一番はしゃいでいるように見えた。真冬なのに太陽の下ではぽかぽか感じられる陽気もそれを手伝っていたのかもしれなかった。

少ししてからモト子が「ねえ、小野さん、わたしばっかりはしゃいでますよ。どうしましょうか」とユウイチを見た。モト子の視線には青い空をバックに口を真一文字に結ぶ男の顔が見える。

 

「遠山さん、今日は、せっかく代々木に来たんで」

ユウイチの言葉をモト子が期待に輝かせた瞳で大きくうなずいて、待つ。

 

「細道探し、をしたいと思います!」

 

「はあーーーーーーーーーーーーー?」

 

駅前の小さなスクランブル交差点の信号が青になって、人々がパラパラと交差して歩いて行く。冬の爽やかな青空とその下にあるのどかな駅前風景にモト子の声が響いていた。

 

「ゆーちゃん、世界に一つだけの『俺のデート』に普通なんかないんだゼ!」

 

ユウイチにはモト子の声ではなく、シマの言葉だけがリフレインして響いていた。