第十二回 はたしてそれは恋なのか/遍歴過多のおんな(後編)


会社の後輩、Kのイタズラにより、幻嗅という世にも不思議な脳のバグを経験した前回のコラム。結婚式で彼女のとなりにいた新郎は、半年前に「婚前旅行です」と言って見せられた写真の男ではなかった。このときの、ほんの少しの「あらあら…」という気持ちが、これから数年に渡って送られてくる「キツネに化かされたような年賀状」の伏線になるとは……。(前編コラム「はたしてそれは恋なのか/無邪気な犯行」もご一読ください)

前職で後輩だったK。考えてみたら社内だけでも実に恋多き女性だった。

ハスキーボイスにスッピンメガネ、 身長もあってガタイもいい。いつもパンツスーツで、耳にはいくつものピアスという一般的には男ウケするタイプではない。けれども透明感のある白い肌はすこぶる美しく、私は何度か「ちょっと触らせて」と頬に手を押しあてたこともある。ふだんはわりとクールな口調なのに、意中の人と話をするときは一変してすさまじく女子になるのがマンガのようだった。というかほとんどギャグだった。あんなにもあからさまに、まっすぐに豹変する人を見たことがない。男の前で態度が変わる女をヨシとしない風潮があるけれど、だれかを陥れたり迷惑をかけるわけでもないし、べつに悪いことじゃない。

Kは、ふるまい的変わり身の早さも人一倍だったけれど、誰かをロックオンしたときのわかりやすさも国宝クラスだった。ひとりの男性社員に狙いをつけたかと思うと、何もなかったように獲物は次に移る。

「Sさんって彼女いるんですかね〜? わたし、気になっちゃってー」

と、言っていたと思ったら

「Yさんかっこよくないですかー。この前帰りに飲みに誘っちゃいましたよ」

好みとか、タイプとか、ようするに節操はないのか貴様はと問い正したくもなるけれど、同性からみて「ウザい」とは思えない。どちらかというと「スゴい」である。それに、同時多発恋愛には持ちこまないし、相手に恋人や配偶者がいることを知るや否や対象ではなくなる。そのいさぎよさはとても好ましかった。いちいち一途で、恋に恋する小学生のような勢いがある一方で、「こいつ、恋愛沙汰で泣くことはまずないな」と思わせる強靭さもあった。やはり好ましい。

恋愛といえるものなのかわからないけれど、ターゲットの情報をおおむね把握したらキョーミが失せる性癖の持ち主のようで、2、3年の間に社内のシングル男性のことほとんど網羅していたようだ。それでも、つきあったというウワサは耳にしたことがない。いや、あるのかもしれない。まあそのへんはわりとどうでもいいことだ。

Kの結婚式のあと、私は退職して仲間と独立した。

それほど親しい仲ではなかったので、そのあとKの消息は、年に一度やりとりしていた年賀状で知ることになった。

独立後にきたKの年賀状には、にこやかにケーキカットをしている写真と「結婚しました!」の文字があった。とくにめずらしいものではないので一瞥しておわりになるはずだがなにかが引っかかる。なんだろう……としばし眺めていたらわかってしまった。その写真に写っていたのは私が参列した結婚式でもなければ、会釈ていどの挨拶を交わした新郎でもなかったのである。

これはいったいどういうことだ……。理解するのに少し時間をかけてしまった。

離婚したことも知らなかったがすでに再婚である。まあKらしいといえばらしいのだけど、ふたたび式を挙げ、あまつさえ写真付きで新年のごあいさつともなれば、あっぱれというほかない。

翌年には「引っ越しました!」と印刷された年賀状を受けとった。転居報告と年始のあいさつをまとめるのもまたありがちなものである。ところが、苗字が旧姓であるKに戻っていたので(なるほどですね)とお察しした1年後、今度は年賀状に「Just Married!」とあった。英語で変化球キメたようだがこちとら2回目(正確には3回)の結婚報告を受けたのだ。キツネに化かされている気分である。Kといっしょにこちらを向いて笑っている色白スリムな男が精気を吸いとられた表情に見えるのは私の色メガネだろうか。

こうなると次も期待せずにはいられないのだけど、1年も経てばそんなことは忘れていて、ハガキを手に取った時にまた初心にもどって驚かされる。いつでも新鮮である。今度はディズニーの年賀状に直筆で元気よく「マンション買っちゃいました!」と書かれていた。

過去を反省することも恥じることも、きっと思い出すこともなく、自分の欲求に素直に「今」を生きているK。もう会うこともないかもしれない年の離れた後輩だけれど、人生は楽しまなきゃ損! ということを教えてくれる心の師匠だ。

ところで、マンション購入年賀状の差出人、苗字はKにもどっていた。

それから年賀状はきていない。

今週のWEB

Couple Celebrates 40th Anniversary By Recreating Their Wedding Pics From 1975

http://bit.ly/2C1TDpT

結婚した1975年から40年後、当時と同じシチュエーションで撮影したご夫婦。一時期話題になった、仲むつまじいお二人。どんなにカタチはちがっても、同じ人生ですね。楽しみましょう!