Case0 コラムニスト・出海眞代(いづみ ましろ)前編

「じゃあ、お薬増やしておきますね」

 

淡々とした問答の後、表面だけ柔和な顔をした目の前の男性医師はそう言った。

ガ―っというプリンターの音が部屋に響き渡る。

 

プリントアウトされた紙を受け取り、白を基調とした静かな部屋を出た。

 

「お大事に、出海さん」

 

その言葉に私は返事をするどころか、振り向くことすらしなかった。

 

 

心療内科に通い始めたきっかけは、絶え間ない焦燥感からだ。

学生時代に始めたコラムニストの仕事が上手く運び、同級生たちがリクルートスーツに袖を通す頃でも、軽装で街を駆け抜けていた。

 

始めた頃は、アルバイトをしながら従事していたが、段々と一本の原稿料が上がっていき、元から、「頭より足を動かせ。どうにかなる」精神だった私は、就職の道を選ばなかった。

 

放任主義の両親といえども、就職経験をすることなく、フリーランスの道を歩むと言った時は激怒された。それでも、毎日同じ格好をし、同じ時間、同じ場所で仕事をするのは考えただけでもゾッとし、何よりも自分で自分の道を切り開いていきたかった。

 

幸い、恋愛を中心とした題材でコラム連載もいくつか持っていて、家賃を抜いても食べていくことは出来ている。とは言っても、フリーランスのコラムニストは社会的信用に欠ける。今住んでいる家も、両親に頭を下げ、連帯保証人になってもらい借りることが出来た。

 

仕事はある。家もある。食べていける。自分で言うのもおかしいが、23歳フリーランスとしては、きちんとしていると思う。いや、思っていた。

 

同級生たちが新卒の社会人になってから、半年以上が経った。学生時代に「お金が無い!」と叫んでいた友人も、最近のSNS投稿を見れば、それなりの消費行動を取っている。仲が良かった子は、年上の彼氏と同棲し、都心に住み始めた。社会人になって半年も経てば、学生気分も抜け、皆それぞれ立派なオトナとしての生活になり始めるのだ。

 

片や、私はどうだ。この仕事にボーナスなんて存在しない。大きな買い物をするなら、額の大きい案件が舞い込むか、せっせと貯金しなければいけない。むしろ、今抱えている連載等がいつ無くなるかも分からない。

 

そんな不安で立ち止まっていられる訳でもなく、昼間は黙々と仕事をこなし、夜は仕事関係者との会食や業界人の集まる飲み会に行っては必死に顔を売っていた。フリーランスは、出会いの数が案件の数だ。

 

焦燥感が生まれたのは、きっと夏頃だっただろう。1年以上、週1で持っていた連載が切られた時からかもしれない。コラムニストにとって、連載の有無は生命線を大きく左右させる。単発の案件があったとしても、ギャランティの支払いは基本的に翌月払いか、翌々月払いだ。そうなると、コンスタントにギャランティが発生する連載は生活を安定させるのに必要不可欠だった。

 

実際、その連載が切れたところで生活に大打撃が及ぶわけではない。ちょっと我慢すればいい。けれど、その瞬間、頭の中が今まで感じたことが無いような感覚に支配された。文筆家のくせに上手く表現できないことが悔しい。そして、その感覚が徐々に引いていくと、今度は今まで無視していた思考が文章化され、脳内を埋め尽くしていった。

 

『こんな状態でよくフリーランスなんて出来てるよね』『もっと良い生活がしたい』『社会人失格』『成功できるなんて信じてるの』『甘くみすぎじゃないの』『もう走りたくない』『疲れた』

 

 

『死にたい』

 

 

最後の言葉が浮かんだ時、自分で自分の身体をきつく抱き締めていた。呼吸も荒くなっている。涙も止まらない。初めての感覚で混乱していて、どうにかいつもの状態に戻ろうと、Instagramを開いた。そこには、もう暫く連絡を取っていなかった幼馴染が先日プロポーズされたという報告が上がっていた。息がどんどん荒くなる。その下の投稿は、友人同士が高級レストランに行っていた写真だった。その子たちとは、学生時代によく一緒に過ごし、将来について語り合っていた仲だ。その次が、また別の友人の新居の写真。

 

気がつけば、iPhoneが手から滑り落ち、床に落ちている。

 

「私は…私は…ちゃんとしてるのに…頑張ってるのに…」

 

声を上げて泣いたのは、2年前ずっと好きだった人に振られて以来だった。