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第十四話「代々木2」

 

「細道探しって何ですか?」

 

モト子が言うのも無理はなかった。その日の代々木駅は快晴で素晴らしいデート日和だった。しかしこの日のユウイチは全く迷いがなかった。凛々しく唇を結んで、なぜか自信が漲っている様にも見えた。

 

「知らない?細道を探して、そこを歩いて、また探して歩くの」

 

ユウイチは、当たり前の様にそう言うと、西口の前に広がる小ぶりなスクランブル交差点を小さく指さし、目玉を斜め上に少し動かすと「違うな」と言って、駅の方に振り返り高架下に広がる道の方へ体を向けた。人差し指は前に向けられたままで、どうやら風見鶏の方向を指すあれを自演しているようだった。

 

「こっちだ。行こう」とユウイチが言う。モト子はあからさまに不満げに、それでも「はい、はい」と顔で返事をしててきぱきと進むユウイチとは全く反対の態度でドロドロと歩いた。(ダラダラとのろのろが混ざってドロドロである)

 

西口から、目線を翻し改札へ戻るように線路の下をくぐり小さな坂を上った。ハンバーガー屋のいい匂いと、おしゃれなディスプレイが目に入ってモト子はあからさまにそこに釘づけになっている。「あ、細道発見、行こう」と、ユウイチが言う。モト子は目線と顔をおしゃれなハンバーガー屋に置いたままほとんど下半身だけで前へ進む様に歩いていた。それを見たユウイチが「遠山さん、器用だね」と言って笑った。モト子もつられて笑った。

 

線路を潜って、おしゃれなバーガーショップの直ぐ先に見つけた細道へ入ると、のれん街があった。いわゆる昔からある飲み屋の集落ではなく、あるいはもしかすると、過去はそうだったのかもしれないが、そののれん街は「今」にきちっと寄り添った、小さなタウンに見えた。

 

「お昼はさすがに締まってるね。ここ夜来たいなあ。あ、ここの細道通れる、行こう」

 

ユウイチはごく自然にモト子の手を取って歩いた。モト子もだんだん、意味はわからないけどとにかく今は細道を見つけてそこを通って歩く事がミッションなのだ、という風な気持ちになってきていた。出来るだけのれん街の中でも細道を通り、のれん街を抜けると意外に大きな道に出てしまい、二人はまた細道を探して歩いた。するとユウイチの隣からギュウ、という小さな音が聞こえた。ユウイチは驚いてモト子を見た後「お腹、空いていた?ごめん!」と言って笑った。モト子は顔を真っ赤にして、お腹を押さえながら

 

「代々木はおしゃれで美味しいカフェがあるイメージだったので、ちょっとお腹を空かせて来てたんですけど……まさかここで急にこんなデートの路線変更してくると思ってなかったんで……」

 

モト子は口を尖らせて、何もない地面を蹴っている。モト子は時々、こういう仕草をする。何となく小学生みたいに見える無邪気で自然なそれがユウイチは普段からとても好意的に感じていた。

 

「じゃあ何か食べようか……」とユウイチがキョロキョロすると『おにぎり専門店』というのぼりが見えた。「おにぎりだって、行ってみよう」というユウイチの声にモト子は蹴っていた地面から顔を上げる。「だからカフェ……!」という顔は残念ながらユウイチの背中に跳ね返った。

 

ユウイチは煮たまご、モト子はユウイチの「おごり」という言葉に最大便乗する形で、うにといくらのおにぎりをそれぞれ頬張って歩いていた。ユウイチが、「何か食べるともっと食べたくなるなあ、また何か良さそうなものがあったら買おう」と言うとモト子がいい加減に何かに耐えられなくなったという様子で

 

「ちゃんと座って食べたいです。あと、わたし駅前のなんとかビレッジっていうおしゃれな……有名な音楽プロデューサーの、ああ名前忘れちゃった、の、プロデュースした建物があって、そこに行きたかったんですけど、だからなんていうか……これ、今何してるんですか?」

 

結局言いたかったのは、最後の一行だというのがはっきりわかる吐き出し方でモト子が一気にしゃべった。ユウイチはほんの一瞬間を空けて、それから残っていたおにぎりを口に含んでしっかり咀嚼し飲み込んでから、「デートだよ」とまっすぐモト子の目を見て言った。

 

それでも解せないという顔のモト子に「ちゃんと点数つけてよね」と言って、モト子の側に寄って肩にそっと手を置いた。その時モト子は、いつもよりはっきり誰かに触れられている感覚があった。その後も二人は「細道を探して」歩いた。時々は瓶ビールのラックを股いで進み、強面のいかにも、な集団が煙草を吸ってたむろして居た所にすぽんと抜け出たり、単純に行き止まりに引き返したりした。

 

散々歩いた二人はほんのり汗ばみながら、途中でテイクアウトした豚汁を持って歩いていた。「代々木は豚汁もおしゃれなんだね」という会話がこの日一番好きな言葉だとユウイチが言うとモト子は笑いながらそれに大いに同意した。

 

駅前で別れるとき、モト子が言った。

 

「何か全然意味わからない時間でしたけど、多分暫く今日の事忘れない気がします、おもしろかったかどうかは別として」

 

最後に嫌味を付け加えるのがモト子らしい。とユウイチは思いながら

 

「代々木と言えば?」と言った。

 

モト子はそれを聞くと、ハアーっと口や方から空気を抜きながら笑うようにして

 

「細道探し!」

 

と言って、豚汁を少し持ち上げてから改札へと吸い込まれて行った。

 

ユウイチはモト子が見えなくなってからも暫く改札を見つめて立っていた。自分の中に「達成感」が広がっている事をおかしく思いながら、それを何度も疑っては味わっていた。

 

 

 

 

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