Case5 あゝメシア 後編

 

 

呂律は回っておらず、声もいつにも増して甲高い。所謂、酔っ払いのような喋り方だ。もしかすると、この時間だから、飲み終わって酔った勢いで通話を掛けてきたのかもしれない。明日の通院時間は午後からだ。睡眠時間を考慮しても、まだ時間に余裕がある。普段、いっぱい構ってもらっている分、今日は私の番だと意気込んだ。

 

「どうしたの?酔ってるの?」

 

「まーおさけはのんでるねぇーーー」

 

「結構な量、飲んじゃったの?」

 

「はははは」

 

どうやら相当酔っぱらっているらしく、会話が成立しない。透和くんの一言一言は、まるで叫んでいるかのようで、笑い声は断末魔のようにも思えるものだった。酔っているとはいえ、いつもとは違う彼に恐怖を覚えなかったのは嘘ではない。それでも、何とか会話を続けようと試みる。

 

「とりあえず、お水飲もう?近くにある?」

 

「なんでみずなんてのまなきゃいけないんだよぉお」

 

「今、すっごく酔ってるから、お水を沢山飲んでおかないと、明日がつらくなっちゃうよ」

 

「えーーーーーーーーー」

 

私の声が聞こえているのかすらも危うい返答。そんなに度数が高いお酒を飲んだのか、やっぱりお酒を飲むと大半の人は変わってしまうのかと考える。耳元で聞こえる奇声にも似た透和くんの声を聞きながら、紘和さんを思い出していた。彼は、全く以てお酒に酔わなかった。一緒にお酒を飲んでいた時は、決まって度数の高そうなウイスキーをロックで飲んでいた。私も負けじと強めのカクテルを頼んでいたが、酔いがすぐに回る私をよそに彼の表情は変わることは無かった。

 

「んねぇ!!!!ましろ!!!!!!!きいてんのかよ!!!!!!!!」

 

透和くんの電話越しでの叫び声で我に返る。

 

「な、なに?」

 

「ましろはぁいいやつだよぉすごーーーく」

 

「ありがとう、嬉しい」

 

正直、照れ臭かった。恋愛感情未満でさえも、好意を抱いている相手からそう言われて、嬉しくならない人間なんて、きっといない。恐怖が薄れ、透和くんへの暖かい気持ちで心が満たされかけようとしていた。でも、次に聞こえてきた文字の並びに私の手からiPhoneが滑り落ち、乾いた音と共にフローリングへと着地した。

 

「だからねえ、こわしたくなる」

「めっちゃくっちゃにっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

フローリングに落ちたiPhoneから、僅かに透和くんの悪魔のような笑い声が微かに漏れている。自分で自分を抱きながら、呆然としていると通話が切れる音がした。気づいた。私は小刻みに震えていた。座ろうとしても、座れない。力が入っているのか、入っていないのかの区別さえもつかない。今のは、本当に透和くんだったのだろうか。いつも優しくて、私の唯一の“救い”な彼なのか。どれだけ思考したところで、正解に辿り着かない。

 

やっと落ち着き、iPhoneを手に取り、通話歴を確認する。紛れも無く、さっきの通話相手は透和くんだった。最後の望みは儚く散る。悲しいや怒りを通り越し、呆然とするしかなかった。間違いなく透和くんである証拠はあるのに、もしかしたら勝手に彼のiPhoneを使って掛けてきた友達かもしれない、本人だとしても泥酔すると精神錯乱状態のようになるタイプなのかもしれない。意味も無く、あらゆる仮説を立てるも、どれも腑に落ちることなく、思考回路から消え去っていく。

 

私は考えることを止め、睡眠導入剤の規定量を口に含み、ミネラルウォーターで流し込んだ。当たり前だが、それでは心のざわめきは消えない。服用するようには言われていたが、まだ一度も使っていなかった睡眠前に服用する精神安定剤も、続けて流し込む。睡眠導入剤と精神安定剤の相互作用によってか、グラッと落ちるような感覚に身を苛まれ、そのままベッドへと倒れ込んだ。

 

いつもより、やけに心臓の音が煩わしい。一刻も早く意識を手放したいと願った矢先、すぐに視界が暗転した。。

 

 

 

 

『眞代』

 

そう名前を呼ぶ声の方を振り向くと、紘和さんが立っている。

記憶に無い程、柔和な表情を浮かべる彼に駆け寄ると、抱き締められた。

 

『眞代、愛してるよ』

 

「私も」と声を出そうとしても、何故だか出せない。返事の代わりに強く彼を抱き締める。

彼の唇が耳元へと近づいた。

 

『だからねえ、こわしたくなる』

『めっちゃくっちゃにっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

 

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああ」

 

自分の叫び声で目を覚ます。荒い息を整え、iPhoneで時刻を確認すれば、時刻は午前3時半過ぎ。たまに悪夢に魘されて起きる夜には、透和くんという救いがいた。

 

けれど、今夜は救いが無ければ、むしろ寝ても覚めても地獄しか存在していなかった。