第九回「自撮りとわたし」

 

 

東京本社から上海子会社に出向して、一年半ほど経つ。

赴任直後はただでさえ顔も名前もわからないメンバーが多いところに、増員の時期も重なってどんどん新人が入ってきた。ひとりひとりの顔写真が入った組織図があったので、それをまめに参照するようにしていたのだが、たまに本人と写真を見比べても「んっ? 誰??」となる。一部の新入社員が、盛りすぎて自己同一性を逸脱した自撮り画像を載せているのだ。

 

わたしも新しい服やアクセサリーを手に入れたときなど、自撮りしてSNSで自慢したくなることがある。しかし、普通のスマホカメラで自撮りをすると、撮れる写真はたいていひどい。蛍光灯の下で肌は土気色になり、目の光を失った勤労女性……液晶に死者が映った! こわい! とスマホを投げ出してしまう。

画像をPhotoshopなどで超がんばって編集すれば、最終的には満足いくレベルになるかもしれない。だがその手前で心が折れ、「そもそもこんな風采のあがらない女が服飾品に散財して、いったい何が変わると思っていたのか? わたしに買われたお洋服やピアス、かわいそう……」と、お買いものの喜びさえ奪われてふて寝をキメていたのである。

だが、「自撮りって、ただでさえ肌がピカピカな若い子が技術と執念で撮るものなんでしょ?」と言うわたしに、会社で仲のいい女子が「このアプリならだれでも漂亮(ピャォリャン=綺麗)になりますよ、メレ山さんは遅れている」としつこく薦めるので「美図秀秀(Meitu Xiuxiu/メイトゥーシゥシゥ)※」という写真加工アプリをインストールしてみた。

カメラを起動した時点で、インカメラの映像に「あれ? 作画変わった?」と思うほど美化された自分が登場する。肌はなめらかで黒目はくっきり大きいし、頬や唇にはほんのり赤みがさしている。フェイスラインをシャープに見せる補正も入っているみたいだ。それでいて、髪の毛などの繊細なタッチは潰れず残っていて、自然さのバランスが絶妙。ハアァ、いいやんけ……とウットリしながら、つい撮影に熱中してしまう。自撮りがこんなにお手軽になっていたことに数年遅れで気づいた。

 

撮ったあとも様々なフィルタを使って写真にメイクをしたり、アニメや古い美人画のようなタッチに加工して遊べるが、とにかく「撮影中から盛れる」というのが心理的に効果絶大で、表情も自然と柔らかくなる。

いけてない写真を加工するときにつきまとう「嘘をついている」という感覚が極限まで希釈され、「これは虚構ではない。たっぷり寝てから熱いシャワーを浴びて時間をかけてフルメイクしたときとか、好きな人と話してるときとか、南の島でナナホシキンカメムシの集団越冬を発見したときとか、喜びと活力と自信に溢れている瞬間のわたしはなかなかいい感じのはずで、そういう調子の良さほとばしる状態を最新の画像処理技術が”再現”してくれているだけ」という認識になってきた。すべてを自分に都合よく考える犯罪者の心理だ。

このアプリで遊んでいたら、自分の元の顔貌をたやすく見失ってしまう。これが、写すタイプの魔法……。iPadで映画を観ているときや地下鉄の車窓にも疲れた女の霊が映ることが多々あるが、できればここにも魔法を導入してほしい。

 

「日本人女子は化粧で化ける、韓国人女子は整形で化ける、そして中国人女子は自撮りで化ける」

面白いかどうかはともかく、上海に来てから何度も聞いたジョークだ。

少なくとも、自分の観測範囲の東京と上海の女子たちを見比べると、上海女子は東京女子ほどメイクに凝っていない。一方で、Wechatのタイムラインに流れてくる写真はキラッキラ。そのギャップについて、自分ではどう思っているんだろう? と、最初はちょっと不思議に思っていた。

我に返ったのは、自撮りで盛られた写真に対して「ふざけんなよ、おれの期待を返せ」と、冗談っぽくうっすらキレている男の人を見たときだ。お化け屋敷で自分より怖がっている人を見ると少し冷静になれるように(わたしよりビビッている人を見たことはあまりない)、「写真が本当のことを写すものだと誰が決めたのか? それ以前に職場の女子は容色であなたの心を潤すためにいるわけではないのだが?」という気持ちが湧いてきた。

それで自分が幸せな気持ちになれる限りにおいて、化粧でも整形でも自撮りでも好きにやればいい。そのことに対して他人がいろいろ言うのは、あまり聞いていて居心地がよくない。特に一部の男性に対して、なんでそんなに自分を品評者サイドに固定できるのだろう、と感じることがある。

まあ、写真と本人を見比べても誰だかわからないのはちょっと面食らうけど……これから知りあう人に見せるための写真なら、上手な他人に撮ってもらった写真のほうがギャップは少ないと思う。だけど、わたしが就職活動をしていた10年ほど前ですら、エントリーシート用に写真館で撮影した写真をPhotoshopでちょっと修正したりというサービスは普通にあった。

あらゆる人が自分の写真をお手軽に「最高の自分」どころか「こうなりたい自分」レベルに修正できるようになって、自撮りはむしろ自分の理想を形づくるもの、気持ちを上げてくれるものになっている。履歴書や受験票に写真を貼ることの意義もだんだん薄くなっているが、画像処理のテクノロジーがそこにとどめを刺すかもしれない。

虚栄が心に与えてくれるものは否定できない。前に写真加工アプリの開発に関わっている人のレポートをネットで読んだのだが(URLを貼りたいが見つからなかった)、「『こうなりたい自分』のイメージをいろいろ試せることで、実際の容姿もそれにつれて変わっていくユーザーも多い」というような内容だった。わりと説得力のある話だ。メイクだけじゃなく美容整形だって、自撮りのおかげでイメージしやすくなるし、挑戦しやすくなっているんじゃないだろうか。

 

自撮りといえば、これを紹介せずにはいられないという本がある。森上信夫さんという写真家の「虫とツーショット!―自撮りにチャレンジ! 虫といっしょ」(文一総合出版)だ。

マジでタイトルのまんま、頭にバンダナを巻いた昆虫写真家の壮年男性がカブトムシやカマキリといっしょに自撮りしている写真集だ。企画するほうもするほうだが、出す出版社も出版社、そんな人間界の生物多様性を具現化した幸福な書物といえる。

美白とか、目を大きくしたりとかの加工はしていないはず。それなのに、大好きな虫と並んでこのうえなく生き生きした表情の森上さん。見ていると「心から楽しむことに勝る加工なし……」と、敗北感でガクリと膝をついてしまう。

疲れた顔でも毎日なんとか生きている自分も認めていきたいし、自撮りアプリで上手に夢も見たい。しかし、本気で楽しそうな人の輝く笑顔にも負けたくない。わたしだって、この夏はキラキラ輝くナナホシキンカメムシで最高の笑顔になってやる! という謎の空元気がみなぎってきたのだった。

 

※日本のApp StoreではBeautyPlusというアプリ名で展開されている(ほかの写真加工アプリについては使ったことがないので比較できない)

 

 

 

 

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