第十二回 「milk barのクッキー缶:16ドル(店頭価格)」

 

 

アメリカへ引っ越して三年半、しみじみ思う。こちらの人たちは本当に「ちょっとした贈り物」が得意だ。誕生日やクリスマスには手書きのメッセージ、仕事にカタがついたような何でもない日にも「あんたは最高」みたいな文面のカードが飛び交う。久しぶりに会う友達は「きっと似合うと思って」と、手袋やスケッチブックや香水の包みを渡してくる。とくに自宅での女子会となると、大抵みんな家主への小さな贈り物を携えていて、自分が飲む用に酒のボトルだけ持参した私は、毎度気まずい思いをする。

この「ちょっとした」感覚が、なかなか掴みづらいのだ。無理なく使い切れるミニサイズのキャンドルや香水、定番の型でいくつあっても困らないトートバッグやポーチ、あまり高価すぎず、といってショボくもない品を選ぶのが、みんな本当に上手い。明らかに趣味とズレたものをもらうこともあるけれど、処分するときも精神的負担にならない品ばかりで、そのことにまた「よく見つけるよなぁ」と感心する。モテるね。

幼い頃からの習慣の違いなのだろう、日本育ちの私とは筋肉の発達が違うな、と惚れ惚れする。一方で、最低にネガティブな物言いをするなら「みんな、要らんもの、よく買うよなぁ」でもある。雑貨屋など観察していると、20ドル以下で実用性よりもインパクトを狙った「プレゼントのためのプレゼント」としか呼びようのないジャンルの商品の発展が凄まじい。大量生産大量消費の国でこんなふうにちまちました贈り物の応酬が続いていけば、そりゃあ家中がモノにあふれて『Tidyng Up With KonMari』だってヒットしようというもの。

かたや日本には「手土産」の文化が根付いている。後腐れのない消えもの、主には数千円規模の菓子折だ。こちらの筋肉は私もさんざんトレーニングして鍛えてきた。とくに出版社勤務の編集者だった頃は、首都圏の手土産事情に精通することは半ば業務の一環。相手のお好みに合わせて、フレッシュな生ものがよいか日持ちするものか、最新流行がよいか老舗の定番か、甘いかしょっぱいか、一緒に食べられるおもたせにすべきか、ご家族やスタッフに下戸やアレルギーや糖尿病の方は、などなどリサーチを重ね、競合他社と被らない独自性を盛り込んで、お褒めにあずかるまでがお仕事だった。

ざっと見回した限り、ニューヨークにはこの「手土産」相当のアイテムが少ない。もちろん無くはないが、言うなれば、街にあふれる「お菓子屋さん」の数に対して「ご進物」のバラエティが圧倒的に少ない。日本のデパ地下のように簡単に比較検討できる場も乏しくて、トレンドを把握するには各種セレクトショップの片隅をつぶさに見張る必要がある。行列のできる人気店でも、味がイマイチだったりパッケージがかわいくなかったり。別の文化圏へ来てみて初めて、東京の手土産市場の熾烈な競争はかなり特殊だったのだと思い知る。

そうして自分がデパ地下に頼りきりで、スイーツ以外の「贈り物」括約筋を鍛えるトレーニングを、まるで怠っていたことにも気づかされた。ちょうどいいサイズの菓子折、という必殺技を封じられると、途端に「ちょっとした贈り物」を見つけるのを難しく感じる。意識ゆるゆるだ。そうして、色鉛筆セットとか限定ハンドクリームとか故郷原産の調味油とか、ほどよく消耗品でありながら特別なニュアンスも持った品々を贈られては「その手があったか!」と悔しがっている。

 

 

さて、あるときを境に、この「ちょっとした贈り物」を「milk bar」のクッキー詰め合わせに統一することにした。ニューヨーカーの夫婦から最初にいただいたとき、やっぱり20ドル以下の消えモノに優るプレゼントはない、酒でなければ菓子折こそ正義、と感銘を受けたのだ。米国式の「贈り物」マッスルを発揮しないといけない勝負所を、日本でさんざん鍛えた「手土産」マッスルで乗り切ろう、という魂胆である。

韓国系米国人デイヴィッド・チャンが安藤百福の名を冠して大ヒットしたラーメン屋「momofuku」、そのデザート部門から独立したのが、クリスティーナ・トシの手がける「milk bar」である。看板商品は名前の通りソフトクリームで、デコレーションケーキやパイ、シェイクなどのメニューもある。大判のクッキーはビニール包装されたバラ売り、六枚選ぶと円筒形のケースに詰めてくれる。価格と味、パッケージの愛らしさなどなど、総合点が極めて高い。

私が好きなのは「コンポスト」というフレーバー。名前の由来は生ゴミ処理機だろう、プレッツェルやクラッカーやチョコチップなど雑多なおやつが粉砕されて練り込まれ、甘くてしょっぱい得も言われぬ味。世界中の食べ物を一覧表にしたら、たぶんベビースター入りもんじゃ焼きのすぐ隣に並ぶと思う。料理と一緒に供されるあの甘いコーンブレッドを、そのままもっちり食感のクッキーに仕上げた「コーン」もいい。

焼菓子の専門店やカカオバーでギフトを包んでもらうよりは安くついて、紅茶やキャンディの詰め合わせよりも嵩が出る。冗談みたいに徹底したジャンクフレーバーなのも、人に贈る際の「ちょっとした」加減に功を奏している。もしお口に合わなければお裾分けも気兼ねなくできる。捨てると罰が当たりそうな意識高いヴィーガンスイーツではこうはいかないだろう。

日本出張時のお土産にもよく持っていく。スーツケースに入れて持ち運んでいる間に割れても気にならないのがいい。衣類に包んで慎重に運んでもやっぱりひしゃげてしまったキャニスターを平然と手渡しながら、「いいかい、これはそもそもが、割ってから食べるもんなんだよ」とまことしやかに釘を刺す。

カロリー表示を直視したことはないが、我が家では二人で一枚を分けて昼ごはん代わりにするほど満腹感が凄まじい。そちらの筋肉についても異様に発達しているアメリカンな胃袋の持ち主でない限り、一気食いは絶対におすすめしない。美味しくてかわいくて、食べると後腐れなく消える、結構日持ちのするおやつ。当面はこのクッキー缶をダンベル代わりに、贈り物マッスル勝負を生き延びたい。