第十三回 「バラの花束:13.07ドル(税込)」

 

 

日本にいる頃は誰宛てにも何処へでも何でも用意できる「手土産マスター」を自負していたけれど、銀座のデパ地下から遠く離れ、文具や生活雑貨などお菓子以外の「ちょっとした贈り物」に長けたアメリカ人たちに取り囲まれて、だいぶ自信を失った……という前回の話の続き。諸般の事情でいつものクッキー缶が買えず途方に暮れたとき、私はいつも、花を贈るようにしている。

モテ意識の高い読者諸兄は当然ご存じの通り、こちらではバレンタインデーに男性から女性へ花を贈るという習慣がある。毎年2月14日の夕飯時ともなれば、どこの花屋も長蛇の列だ。しかしバレンタインデー以外もほとんど毎晩、いつも変わらず混み合っているのが、イーストヴィレッジにある「Sunny’s Florist」という花屋である。混雑する時間帯は小柄なマダムと大柄な青年がコンビで店番していることが多い。女主人のサニーとその息子、二人ともアジア系で、笑顔も英語の訛りもよく似ている。

店頭にはいつも、12ドル一律の小ぶりな花束と、一輪挿しに適した大輪の花とが用意されている。ほとんどの客が、そのどちらかを買っていく。ショウケースには他にも多くの花々が陳列されている。込み入ったオーダーメイドの予約も受け付けてはいるらしいが、数百ドルするような大きなブーケを買っていく客は見たことがない。どちらかというと、ありものの花束をパッと買って行くためのスタンドとして重宝されているようだ。

夕飯時には心なしか、中年男性客が多い気がする。仕事帰りに恋人の元へ馳せ参じるところだろうか。年若い男女とか男男とか女女とかのカップルが二人で来て、片方が色を選び、片方が支払いをするのもよく見かける。もちろん女性の一人客もいて、先日はマダムに向かって「夫はこういうの、まったく気が利かないのよねー! 刺激とトキメキはいつも私の担当!」と愚痴っていく人を見かけた。それはそれでノロケ。

そういえば、留学生同士でプレゼントの話題になったとき、女の子たちは「花束かカップケーキか選べと言われたら、断然カップケーキよね!」ということで満場一致した。横で聞いていたロマンチストの男子学生たちは、「そこは花じゃないのかよ……」と大層ショックを受けていた。面白がって「花より団子」ということわざを英訳して教えてあげたら、世界各国に似たようなことわざがあることが判明した。

ところが、40代のある既婚女性に話すと、「そんなの、花よ、花に決まっているでしょ!」と返されたのだ。激しい夫婦喧嘩をした翌日は、出かける夫に「Buy me flowers.」と口に出して言うのが、仲直りの合図なんだとか。「言われた通りに買ってくれば許してあげるんだから、簡単よね」と笑うのが、ほとんど犬の躾みたいだ。若い恋の駆け引きにはカップケーキを、添い遂げる永遠の愛には花束を、という新しいことわざを作ればいいのかな。

 

 

こうして気軽にレディメイドな花束を買うようになってから、「もしかして日本では、お花って結構、高いものだったのかな?」と気がついた。この高さというのは「値段」というより「敷居」のことだ。

私は観劇が好きで、知り合いの出演舞台には楽屋花を贈ることもある。大抵は、自動的に5000円以上のアレンジを頼んでいる。先日、30本の白薔薇でひと抱えあるお祝いの花束を作ってもらったときには、東京の老舗で2万円近くしただろうか。その上だったら胡蝶蘭か。もちろんもっと上を見ればキリがない。

駅ビルにあるようなチェーン店では、一番の売れ筋だろう、量より質のきゅっと詰まった1000円台のミニブーケが店頭に揃えられていることが多い。一方で、ギフトとして見栄えのする花束となると、やはり目を瞑って3000円以上は予算を切ってしまったほうが早い。ちょうどその中間くらいの値段や大きさのブーケが欲しいとなると、店員と相談しながらかなり慎重に花を選ばないといけない。このカスタマイズが、案外くたびれるのだ。

よくよく計算してみると花一本あたりの値段には大差ないけれど、1500円コースか3500円コースかで中間がない、というこの分断は、我々の「花のある暮らし」に結構な影響を与えていると思う。自宅用と贈答用との分断とも感じられる。盛れば盛るほど充実した特別さが増していく一方で、気軽さは削げていってしまう。花に囲まれた「日常」に憧れつつもなかなか手が出ない、私のような人間が、花を贈る行為をずっと「非日常」のものとして、苦手意識を抱いてしまうような溝がある。

「Sunny’s Florist」のブーケは税込13.07ドル。円換算では1500円くらいだが、大ぶりの薔薇が三つ四つに葉物を足したり、カーネーションを色違いでいくつも揃えたり、コデマリのような可憐な花を束ねて見事な球形を作ってあったり、日本に置き換えるとだいたい2500円くらいの盛りのよさを感じる。

片手で持つには大きくて、両手で捧げ持つほどでもない。ほぼ満開の状態が保たれているから、手入れのできなさそうな相手に渡しても気が咎めない。愛するパートナーに毎日贈ってもいいし、何とも思わない相手になんとなく贈っても、余計な勘違いをされて色めき立たれるほどでもない。ちょっとしていて、ちょうどいい。

日本にもこのくらいのブーケを売るお店があればいいのにね、と検索していたら、さまざまなサブスクリプションプランに辿り着いた。いわゆる「お花の定期便」、毎月毎週、定額料金を払えば、1000円代以下の小さなテーブルフラワーか、2000円前後のブーケが届くようなサービスだ。なるほど、これはこれで便利な、「非日常」を少しだけ「日常」のほうへ引き寄せる試みだろう。敷居の高さを下げるには、やっぱりちょっとだけ、値段も下がったほうがいい。

 

 

 

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