Case6 What are you? 前編

 

 

次の日、透和くんはクリニックに現れなかった。

家を出る時、クリニックに到着した時、受診後にLINEをしても、返信はおろか既読すらつかない。昨日の出来事はイレギュラーだ。酔っぱらっていたとはいえ、きっと本心では無い筈。そう自分に言い聞かせながら、手持無沙汰になった私はネオンが映える冬の夕方の渋谷を歩く。

 

前なら、ウインドウショッピングが楽しかった。一人でカラオケに行き、自分の好きな歌を熱唱した。けれど、今はどうしてもそれらをする気分になれない。頭の中に昨日の透和くんの声がリフレインし、LINE通知を確認する度に溜め息が零れる。もしかすると、私が何か無意識的にも気に障ること、嫌われるようなことをしてしまったのか。考えれば考えるほど、景色から色が消え、視界がぼやける。おかしい、呼吸が上手くできない。息苦しい。

 

パニック、だった。センター街の真ん中だというのに私はうずくまってしまっていた。ガヤガヤと人が通りすぎる音だけが響く。それでも、私に声を掛けてくれる人はいない。まるで私だけ、透明人間のようだ。一生懸命呼吸を整えようとしても、それも意味を持たない。

 

(助けて…助けて)

 

(助けて、透和くん)

 

(…紘和さん)

 

意識が朦朧とし始めた時、iPhoneから着信音が流れた。縋る思いで着信主の名前を確認することも無く、電話に出る。心のどこかで透和くんを期待していたけど、その声は女性だった。聞き覚えのある、凛として低めの声色。紛れも無く、菱子の声だった。

 

『もしもし?今何してるの?』

 

「センター街で、うずくまってる」

 

『はぁ?!何があったのよ』

 

「菱子」

 

『大丈夫なの?』

 

「助けて…助けて、菱子」

 

『ちょっと、眞代』

 

「私、このままじゃおかしくなる」

 

『今、表参道にいて、すぐ向かう。カフェとかに入れるなら入ってて』

 

「うん」

 

『とにかく、ゆっくり深呼吸をして。動けそうなら動いて』

 

「うん」

 

『絶対だからね』

 

「うん」

 

そう言うと、菱子は電話を切った。透和くんでは無かったものの、私の危機を察知したかのようなタイミングで電話をくれた菱子が神様のように思えた。言われた通り、意識して深呼吸をする。それを繰り返すと、何とか呼吸は落ち着いた。立ち上がり、フラフラとカフェへと足を進める。足取りは重かった。どうにか辿り着いた先は、初めて透和くんとお茶をしたカフェだった。透和くんからの連絡は一向に無かった。

 

通されたソファ席につき、もたれ掛る。店内はディナー帯になっていて、照明は暗く、代わりにテーブルに置かれた小さなキャンドルがゆらゆらと明かりを灯していた。キャンドルを眺めながら、思い出すのはやっぱり透和くんのことだった。単純に今まで途切れていなかった連絡が途絶えたことで心配していたが、それ以上にもしかしたら唯一の心の拠り所に見捨てられたのかもしれないという考えがじわじわと思考を歪ませる。声を押し殺しながらも、羞恥心を無視し、私は泣いていた。止めどなく涙が溢れる。

 

店員さんがその様子に気付いたらしく、ティッシュを無言でテーブルに置いてくれた。ついさっき、都会の人間の冷たさを痛感したのもあり、サービスの一環だとしても、その気遣いが馬鹿みたいに嬉しかった。透和くんに対する不安と恐怖、菱子と店員さんに対する感謝と暖かさ。対局する感情が頭の中でぶつかり合い、涙は止まることを知らない。