第十六回 東京に過剰な幻想を抱いた結果、服を前後逆さまに着てしまった話

 

 

 

■都会に過剰な幻想を抱くな!

もうすぐ新入学シーズン!

この春、田舎から都会の学校へ進学する人も多いんじゃないでしょうか。

はじめてのひとり暮らし! しかも都会! ……と、テンションが上がりまくっていることでしょう。

しかし、田舎のアホな男子高校生が都会の大学などに進学する際、心がけておいて欲しいのが、「都会に対して幻想を抱きすぎるな」ということ。

前回、「東京に行ったら芸能人と会いまくれるんじゃないか!?」という話を書いたけど、実際、東京に20年以上住んでいるものの、イベントや仕事以外で芸能人を目撃したのなんて、名脇役・村松利史さん(たぶん近所に住んでた)と元・右翼の鈴木邦男さん(芸能人か?)くらいのもの。

よっぽどハデな都心に住んでいるなら別だろうが、いっくら東京といっても普通の学生街に芸能人なんて歩いていない。期待するな!

同様に、大学デビューをするにあたって「東京人だったら、このくらいのファッションをする必要があるだろう」「都会的な所作を身につけなければ」などなど、過剰に気合いを入れてしまいがちだが、それも辞めておくのが吉。

田舎の高校で熟成された地獄のファッションセンスしか持ち合わせていないヤツが、急に雑誌やネットの情報を鵜呑みにして身の丈に合わないファッションをしたって、『メンズナックル』あたりのストリートスナップ・コーナーで面白キャッチコピーをつけられ、ネットで笑いものになるのが関の山だ。

■服を前後逆さまに着て大学へ初登校

かくいうボクも、群馬の田舎から東京へ進学するにあたり、大学デビューする気マンマン&気合いビンビンで上京した結果、やばいファッションに手を染めてしまった。

当時、一部音楽誌やファッション誌などで「次に来るファッションはコレ!」と話題になっていたのが「逆さまファッション」。

1990年代前半、「クリス・クロス」という10代のヒップホップ・ユニットがアメリカで人気となっていた。彼らのやっていたファッションが、服を前後逆に着るという「逆さまファッション」だったのだ。

「なんだその、寝ぼけたおじいちゃんが服を間違えて着ちゃった的なファッションは!?」

……と、正直、クリス・クロスの格好よさはビタイチ分からなかったのだが、高価な人気ブランドを購入せずとも、持っている服を前後逆に着るだけでいい「逆さまファッション」は、すごくお手軽で魅力的に感じた。

コレだったらすぐにマネできる!

大学初登校の日、手持ちの中では比較的格好いい(……と当時のボクが思い込んでいた)キョンキョンのツアートレーナー&スリムジーンズを用意。尻側にあるジーンズのチャックを上げるのにだいぶ手こずったものの、なんとか前後逆に着込んで家を出た。

本家クリス・クロスのファッションは、ベースボールシャツにダボダボのズボンという、当時のスタンダードなヒップホップの服装を前後逆に着る、おそらく何らかの主張があってのもの。何でもかんでも逆さまに着りゃあいいってもんじゃあないのだ。

キョンキョンのツアートレーナーは、前後逆に着ると首元が締まって苦しいし、タグが喉元に当たってチクチクする。

ピチッとしたスリムジーンズは当然、前後逆にはくことなんて想定していないから、太ももからヒザあたりが異常に圧迫され、座ったら血が止まるんじゃないかというレベル。

「オシャレは我慢って言うしな」

死ぬほど悪い着心地に耐えながら、大学でチヤホヤされることを妄想していたボクだったが、西武池袋線車内でビミョーに視線を感じる。

もちろん、ファッション・リーダーを見る羨望の眼差しではなく、街中でセーラー服を着たおじさんに向けられるタイプの生あたたかい視線だ。

それもそのはず。クリス・クロスがバカ売れしていたアメリカでは、最初から前後逆に着ることを想定したデザインの服まで売られるほど「逆さまファッション」が浸透していたようだが、日本ではクリス・クロスのCD自体が不発に終わっており「来る」と言われていた「逆さまファッション」も来てやしねえ。

もしかすると原宿あたりでは流行っていたのかも知れないものの、西武池袋線沿線では明らかに行きすぎたファッションだったのだ。

「お兄さん。服、逆さまに着ちゃってるよ」

車内の微妙な空気に耐えられなかったのか、ひとりのおばさんが声をかけてきた。

「ほらほら、タグが前に出てるじゃない、逆だよ」

(違う! クリス・クロスなんだ! ヒップホップなんだ!)

「あらまー、ズボンまで逆さまにはいちゃって。うっかり屋さんだねぇ」

(違うんだ! うっかり屋さんじゃない! アトランタ発の最新ファッションなんだーッ!)

都会の人は他人に無関心と聞いていたが、意外と関心持ってくれるじゃない。人の温かさに触れたボクは、駅のトイレで素直に服を着直したのだった。

あのまま学校に行っていたら、「逆さま」「うっかり」みたいなあだ名を付けられていたこと必至。

ワケの分からないファッションを貫かなくてホントーによかった……。