第十四回「すぐ型崩れしたセーター:約8640円(税込)」

 

 

洋服の値段が、まったくわからない。自腹で服を買うようになって20年以上経つのだから、変なものを掴まされる失敗は徐々に減っていくはずなのに。トレンドだけでショッピングするようなお年頃を過ぎ、縫製や布地の傷みやすさ、裏地の肌触りや着たときの軽さ重さ、総合判断で着心地に納得のいく「いい服」を選ぶように努めているのに。まだまだしょっちゅう、同じ過ちを繰り返す。

表参道ヒルズの冬物半額セールでセーターを買った。本連載第十一回に書いた蕎麦屋へ行った同じ日の夜だ。アンゴラ64%、ナイロン32%、羊毛4%、クリーニングの際はネットを使用してください、と書いてあり、つまりおうちでガンガン洗えますよ、と薦められた。定価18000円くらいの品が、8000円まで値下がりしている。ベーシックなフォルムで、長く着られそうなのが気に入った。どのくらい気に入ったかというと、同じ週に推し俳優の出演舞台を観に行くのにさっそくおろしたほどだ。私にしてみれば相当なおしゃれ着扱いである。

ところがこのセーター、一度クリーニング専門業者に出し、二度ほど自宅でデリケート洗いをして、着て脱いで吊るしてみたところ、「あー……」と声が出るほど型崩れしてしまった。袖を通せないというほどではないが、縫い目の部分がボコついて、もう普段着にしかならない。特別の上等な一張羅を五ツ星、ぼろぼろだけど捨てられずにいる部屋着を一ツ星とした場合、四ツ星が三ツ星に落ちた、くらいの感じ。

ありとあらゆる洋服はいずれは一ツ星へ落ち、やがてときめきがゼロになって、この手を離れていく。それにしても、たった二ヶ月ほどで星一つ落とすとは、さすがに早すぎやしないか。8000円の服だから、五ツ星クラスにならないのは承知の上だけれど、せめてあと数年は余裕で四ツ星をキープするだろうと踏んでいたのに。

私だってさすがに、一着あたり8万円以上するような服は、衣料としての長持ち云々以前に「思想」を買わせていただくものと捉えている。そして、本連載第八回に書いたレギンスのような1800円以下の服にも、逆に多くは望まない。でも、元が2万円前後の、きちんとケアすれば末長く着られそうだと踏んだ服を、安く賢く入手できたぞと喜んでいるときに、こんな仕打ちを受けては凹んでしまう。

幼い頃、おでかけといえば必ず着ていた一張羅のよそゆきセーターがあった。バブル全盛期に百貨店で売られていた子供服、イヴ・サンローランのライセンスもので、おそらく日本製だろう。妹が着て、弟が着て、甥が着て、姪が着て、おさがりにおさがりを重ね、30年経った今でも、穴一つあいていない。洗濯機でガンガン洗った結果、縮んで目が詰まり、フエルトのようなその手触りがむしろ剛健で渋い。そろそろ姪から末の甥へ譲られる頃合いだ。「いい服」だなぁ、と思う。

30年前とは物価の違いもあるし、どう考えても一着2万円はしなかったはずだ。大人になれば自分でお金を出して、こうした「いい服」をたくさん買うのだと思っていた。だが大人になった今、数年経っても変わらずに着ていられるような服を、このくらいの価格帯では見つけづらい。2万円前後であんな「いい服」を探すのは、本当に難しい。

 

 

最近の服は、色落ちやほつれなどの耐性が上がっている割に、布自体の変質するスピードが早いように感じられる。どんなに縫製がしっかりしていても、布地の劣化は避けようがない。三回洗って型崩れしたセーターの素材をまじまじ眺めてみると、10代の頃に主力としていたワードローブと似ている。もういい大人になったからこういうのは卒業よね、といつしか店先を覗かなくなった、定価8000円のところを特価3000円くらいで買って喜んでいたような、ああいう服と同じ傷み方なのだ。

ファストファッションの隆盛により、うんと安くてそこそこ丈夫な服が多くなった代わり、少しだけ質の高い、ちょっとした「いい服」が減ってしまった。かつては「いい服」が競い合っていた中価格帯の商品まで、使い捨てを当たり前の大前提とする作りのものが増えた。私の手元に、妹や甥や姪、あるいは自分自身に対して、30年単位で「おさがり」できる服が何着あるだろうか。

多少の出費は厭わないぞと万札を握りしめて買い物をしても、値段相応の満足感を得られる服がとても少ない。そして私は、昔見た、昔着ていた、あの「いい服」の感じが忘れられない。今どこで売っているのだろう。昔よりずっと高価で贅沢なものになってしまったのだろうか。とはいえ、ベーシックアイテムに4万5万は払えないなぁ。

表参道ヒルズの店は、国内外で人気を誇る日本のブランドだった。私の前で会計を済ませた客は、まったく同じ型のコートを五着ほど一括購入していた。転売業者とも見えないが、目で見てそれとわかる転売業者もおるまい。香港のパスポートを出して免税手続きをしている。

真っ白くて毛足が長い、オーバーサイズのコートが五着、レジに山積みになっている。若いお嬢さんが着たら雪だるまの妖精みたいになって、さぞかしインスタ映えすることだろう。でも、ワンシーズン軽く羽織ったらあっという間に裾や袖口の純白が煤けてしまいそうだ。どうやって洗えばいいのかもわからない。洗わないのかな。ちょっと着て、すぐ捨てる。それでも構わないという人たちが買うのだろう。

半額セールだし、せいぜい数万円だろうに、そう考えると、震えが走るほどの贅沢品のように感じられる。財布にたっぷりお金があっても、私には買えない。レジに並んでいる間、あのコートの白い山を見て気づくべきだったのかもしれない。そこが私の考える「いい服」を扱う店ではないということに。

 

ナポレオンのメルマガに登録しよう!