第十五回「無印良品の鉛筆削り器:100円(税込)」

 

アメリカの美術大学に通っているとき、授業中にメイドインジャパンの文房具を取り出すと、クラスメイトから大層珍しがられた。パッケージにカッターのついた両面テープ、小回りのきく修正テープ、メタリックインクのペンなどなど、極東のガラパゴスで変態的な進化を遂げたあの製品たちだ。日本国内でならコンビニで売っているような100円200円の文房具が、こちらの画材専門店では6ドル7ドルの高級輸入文具として売られていたりもする。

中でも「何これ、小さい!」と大評判だったのが、無印良品の鉛筆削り器、税込100円。厚みはさておき、縦横の幅はSDカードと同じ寸法だ。フタ部分に刃がついており、削りカスを受けるケースは、削り刃とぴったり同じ高さまで最小化されている。部品はそれぞれ押し込んであるだけなので、分解して手入れするのも楽だ。鉛筆を挿し込む穴が少し左側にズレており、左右逆には各部品を装着できないようになっている。単純なつくりだが、無駄がない。

貸して、貸して、使わせて、とせがまれた文房具は、そのまま借りパクされることも少なくない。この鉛筆削りに関しては、貸すときにいつも「You can buy it at MUJI!」と言い添えた。ニューヨークで着実に知名度を上げている無印良品は、地球の裏側からはるばる届いたシンプルでミニマルな日用雑貨を取り揃える、おしゃれなインポートブランドという位置づけだ。マンハッタン島内に何軒もお店があるのだから、私から盗むより、自分のを買ったほうが早いよ、と薦める。

あるとき、ドローイングの授業で隣の机から「シャープナー貸してくれない?」と声をかけてきたのは、普段は別のコマに出ているという初対面の学生だった。縦にひょろっと伸びた大柄な女の子で、手渡したこの鉛筆削りを指先でつまみ、「ずいぶん小さいわね!」としげしげ眺める様子からでも、不器用そうなのが伝わってくる。大丈夫かなと気が気でなかったが、嫌な予感はすぐに的中した。

教室備え付けのゴミ箱に削りカスをあけようとした彼女は、鉛筆削り器を中に落としてしまったのだ。誰かが食べ残したトマトパスタが容器からべったりハミ出たところへ、書き損じのスケッチ用紙が大量に折り重なり、氷が入ったままのドリンクカップ、消しゴムのカス、端切れ布、ミカンの皮、なんでも放り込まれていて、とてもじゃないが漁って拾うわけにはいかない。

 

 

「本当にごめんなさい、弁償するから! 新しいもの買って返すから!」と何度も謝られた。「19丁目のMUJIストアへ行けば、2、3ドルで売ってるよ」と、いつもの返答をする。「わかった、次の休み時間に行ってくるね、今日中に必ず返すからね、絶ッッッ対、神かけて誓うわ!」……と、この過剰に安請け合いする口調がまた、何とも鈍臭い。そしてもちろん、嫌な予感はふたたび的中した。

休み時間が明けたところで遅れて教室へ戻ってきた彼女は、15丁目にあるオフィス用品チェーンの店・ステープルズで、まったく別の鉛筆削りを買ってきたのだ。六角形のプラスチック製で、大きさは名刺大。削り刃の穴が大小二つ開いている。こちらも手のひらにすっぽり納まる、とはいえ、ゴミ箱に落ちた無印良品の五倍近い大きさである。値段は同じく2、3ドル。

正直がっかりだ。13丁目の校舎を飛び出した途端、19丁目のMUJIストアまで歩いて行くのが面倒になって、駅前のステープルズで「これでいいや」と妥協したんだろう。そう思いながらレジ袋を受け取ると、晴れやかな顔でこう言われた。

「I bought a better one for you!」

ゴミ箱に落としたものよりも「もっといい」鉛筆削りを買ってきたよ、というのだ。おいおいふざけんなよ、と愛想笑いを返しながらも内心で腹を立てている私の横で、しかしその女の子は、目を逸らすでもなく、気まずい様子も見せず、一緒にニコニコし続けている。

つまり彼女は本当に、よかれと思って、わざわざ大きな鉛筆削りを買いに行ったのだった。あんなに小さなシャープナーをちまちま使っているなんてかわいそうよね、もっとずっといいやつがステープルズにあったはず、同じ値段を払うんだったら、持ちやすくてうっかりゴミ箱に落としたりしない、穴だって二つも開いている、ちゃんとした鉛筆削り器のほうがいいに決まってるもの。つまり「大きいことはいいことだ」、心底そう思っている表情なのだ。

いやいやいや、同じ値段を払うんだったら、小型化軽量化された機能性の高い商品のほうが、どう考えても「いい」に決まってんだろ! と言い返したくもなるが、それって、日本人をはじめとしたごく一部の人間にしか通用しない感覚なのかもしれない。小さいほどなくしやすいのは事実だし、カス受けがすぐいっぱいになってしまうのも、不便と言えば不便。みんながみんなミニマリストというわけでもないのだ。

結局は自分でまた同じ無印良品の鉛筆削りを買い直し、今日もペンケースに入れて携帯しているが、一方で弁償してもらったステープルズのほうも、捨てずに卓上で使い続けている。ぼんやり考え事をしながら、ぼんやり文房具箱に手を伸ばしてこの緑の物体をひっ掴み、ぼんやり考え事をしたままゴリゴリ鉛筆を削る。削り終えるといつも、思考の切れ目にあのぼんやりした女の子のことを思い出す。こんなときには、たしかにベターだな。

細やかな配慮が行き届いた設計である代わり、使う人間もきちんと行為に集中しないといけない繊細な道具。気もそぞろで不器用な人間が雑に扱っても、めったなことでは落としたりなくしたりしないゴッツい道具。まったく同じ値段で、まったく同じ機能の商品でも、そこに人が見出す「価値」は、まるで違うことだってあるのだ。

 

 

 

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