第十六回 「ランブルスコのボトル:上限20ドル」

 

 

40歳目前、大人になったなぁ、としみじみ思うことがある。たとえば「つまらない飲み会」が空気の色だけで察知できるようになった。参加者が揃って乾杯した時点で、発起人には大変申し訳ないが「今夜はもう、現時点より面白いことは、起こらないのだな」とわかってしまう。あんまり嬉しくない能力覚醒だ。

若い頃、そうした「嫌な予感」は、心地よく裏切られることのほうが多かった。会って話してみたらいい奴だとか、苦手なタイプだと思っていたのに共通点を見つけて意気投合したとか、飲んでみたら盛り上がって二軒目行っちゃった、などの偶然がしょっちゅう起こる。そのサプライズを期待して、夜な夜なあちこちへ顔を出した。ここから先が盛り上がるのかもしれない、となかなか中座できずにお代わりを注文し続けたりもしていた。

面白くて気が合う人たちは面白くて気が合うのだとわかってくると、その集合も最初から面白い会としてセッティングされ、そして隙なく面白い。期待通りに楽しさが高まる人間関係を、人は「友達」と呼ぶのだろう。ところが、そうやって親愛の道筋を踏み固め、よき時間を選び取ってきた充実感の分だけ、与えられる未来の選択肢も、加齢とともに狭まっていく。

いつの頃からだろう、初めての宴席に到着して、見回した時点であの「嫌な予感」に気づいたら、それはほとんど百発百中といってよい確度を誇り、めったに覆ることはない。行く道すがらは心弾んでいたのに、ドアを開けた途端すべてを理解してしまう。あとは初対面の相手のまったく笑えない冗談を聞きながら、白けた気分で無益な二時間三時間を過ごす。そのうち懲りて、新しい誘い全般から足が遠のくだろう。やがてあの、どこにでもいる、一部の知己としか交わらない人見知りの偏屈老人になるんだなぁ。20代の頃には思いもよらなかった未来予想図だ。

本来なら、招待状を受け取った時点でエスパーのように「つまらない飲み会」の気配を察知して、欠席の返事をすべきなのであるが、そこはまだまだ色気も抜けきれていないのが、アラフォーの浅ましさ。私が住む異国の街で同郷人の集まりがあると聞けば、つい顔を出してしまう。誰かの家に上がり込むポトラック(一品持ち寄り)形式のホームパーティーが多い。人数が読めないと料理を持参するのは骨が折れる。酒宴と聞けばおとなしく酒瓶を提げていくようになった。

といっても、世界中から集められた上等なワインがずらりと並ぶセラーがあるような邸宅へ、産地や品種に詳しくない私が限られた予算で赤だの白だの持参しても、他と並べて見劣りすることは明らかだ。そんなときは、近所の酒屋でべらぼうに安いランブルスコを買っていく。イタリア産の赤のスパークリングワインである。ねっとり甘いものから渋みが美味しいものまで、かなり味に違いがあるけれども、好みの銘柄が決まるまでは甘いものを選ぶと比較的失敗が少ない。

 

 

もともとが庶民派の酒であるため、どんな安物でも気が咎めない。シャンパンやプロセッコといった他の泡ものと違い、ランブルスコ同士で価値を比較されることも滅多にない。とはいえ泡は泡、ポンと音を立てて栓を飛ばす瞬間は、極上シャンパンの数分の一の値段でも、同じように場が華やぐ。とにかくコストパフォーマンスがいい。

会場に着いたらまずはホストに挨拶をして、包みを開け、冷蔵庫を借りてキンキンに冷やしておきたい旨を申し出る。食中酒にも出せるから、しばらく寝かせておいてほしいと。この時点で、常温の酒をそこらへ転がしておくのと違い、俺は手土産を持ってきたぞ、とうるさいほどアピールすることができる。

やることがなく、話すネタも尽き、我慢の限界に達したら、「ランブルスコを冷やしてあるので、開けましょう!」と提案する。つまらない人たちは会話が弾まない人たち、酒の蘊蓄を語りだすようなオタクはめったにおらず、なんだそれは、と色めき立つ。説明しながら注ぎ分けている間、少しは会話の主導権を握り、心の平和が保たれる。

「あーこれ知ってる、やっすいイタ飯屋によくあるやつー!」と金満美食家が言う。こいつとサシで食事することはないだろう、一生フォアグラ食ってろ、と思う。「わー、初めてだけど飲みやすーい、私もうこれだけ飲んでたーい」と言う若いお嬢さんは、すでにして顔が真っ赤だ。つまらない宴席につきもののクズ野郎に、飲酒を無理強いされていやしないかと心配になる。

ちびちび飲まざるを得ないフルボディの赤と違って、居合わせた数名に振る舞うとすぐボトルが空になる。「もう一本くらい買ってくればよかったですね」と言いながら注ぎきると、心はもうその場所を離れている。飲みそびれた人々から「やだ、私も欲しかった!」と非難され、「早くあけないと気が抜けちゃうんだもん、また買って来るよ」と詫びながら、じりじり帰り支度を始める。

ぶどうジュースのように軽くて甘くて、一瓶まるまる自分一人で飲み干したいとは思わない味だから、みんなでちょっとずつ飲むパーティー向きである。稀少な品ではないけれど、美味しくて、華やかで、他と被らないから会話のいとぐちを掴みやすく、座持ちがよくて、後腐れがない。財布への痛手も最小限。夢中で楽しく過ごせた会ならば、置き忘れて飲みそびれたって惜しくない。

つまらないパーティーに不機嫌な仏頂面して最後まで居残るよりも、退屈をあやして泡と消す方法をわきまえていたほうがいい。おもしろきこともなき場をおもしろく。そんなことにばかり気を回している。40歳目前、大人になったなぁ、としみじみ思う。ランブルスコはそんな夜の、掛け捨ての保険のようなものだ。

 

 

 

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