第十五回 「甘いにおいに誘われたい」

 

 

最近、人を魅了するということについてよく考えている。

「蛇に魅入られた蛙」という言葉もあるが、ヘビに凝視されたカエルはほんとうに動けなくなるのだろうか? 少なくとも、わたしは見たことがない。かわりに脳裏に浮かぶのは、昆虫研究者である小松貴さんのブログ(※1)で見た、フサヒゲサシガメという虫の一種がアリを釘づけにする画像だ。

サシガメは肉食性のカメムシの仲間だが、まるで毛蟹のように剛毛に覆われた奇怪な姿。記事の説明によれば、フサヒゲサシガメは不思議な液体を分泌しアリを誘う。アリはそれを舐めるとしびれて動けなくなり、フサヒゲサシガメは鋭い口吻をアリに突き刺して体液を吸う。甘いにおいに誘われたあたしはかーぶとーむーしー、の「か」あたりで死が訪れる。カブトムシじゃなくてアリだし。

アリが頭を伸ばし、フサヒゲサシガメに近づこうとする決定的瞬間の写真が良すぎたため、魅了や誘惑といったキーワード群に触れるたび、このイメージがよぎる体になってしまった。これを読んだみなさんにも、ぜひ同じ体質になってほしい。

 

以前、「モテ」という言葉には個性を矯めたり、自分を弱く、低く見せてでも人に好かれようというニュアンスを含むことが多くてそれは好きになれない、と書いた。しかし、「魅了」には正直いって憧れる。

会社の命で職場にワッショイワッショイと乱入してくるラグビー部、地権をめぐる争いを不法に解決するために建物をぶち壊すブルドーザー、開かずの踏切をノコギリで切断。いずれも最近ネットを騒がせたニュースであり、かつわたしが心の底で淡くときめいたものだ。共通するのは、シュールで圧倒的な暴力。

もちろんこれらにはハラスメントの気配、もしくは明確な違法要素があり、やられた方の災難を考えると単純にときめいてばかりいられない。その点、魅了はいい。魅了したあと鋭い口吻を突き刺したら違法だが、魅了自体は合法かつ圧倒的な他者への強制力であり、さらに被魅了者も恍惚感を感じられる。

 

本業はかなり知名度が高い俳優さんで、クリエーターイベントにも出展して、制作したアクセサリーをみずから販売している男性がいる。もちろんファンもひと目会うためにイベントに来るのだが、そこでマジな魅了の光景が繰り広げられていた、と友達から聞いた。

ファンの女性がお買いものに来た。展示品の中に10万円を超える一点もののネックレスがあり、資金は用意しているけれど、なにしろ大金だからちょっと逡巡してしまう。するとその人は、お客さんの前からスッと腕をまわし、首のうしろで留め金を留めてあげながら「ぼくも自分用に着けているんです。おそろいですね!」と言ったのだそうだ。魅了である。意識してるのか天性のものなのかわからないが、完全に魅了である。

そのあと、別のファンが来場して「あのネックレス、売れちゃったんですね……買いたかったのになあ」と残念がった。すると、作家さんは自分の身に着けていた同じネックレスをシャラッとはずし

「僕が身に着けていたものでもよかったら……」

と首にかけてあげた。まさかの魅了第二弾、追い魅了だ。

 

わたしもその方を見かけたことがあるが、たしかに神々しいオーラを放っていた。クリエーターイベントに出る人は基本的には職人気質な中で、俳優としての堂に入りまくったファンサービス。きっとそこだけスポットライトを当てたみたいに目立っただろう。

「イケメンであることに照れがないイケメンの推しにそれだけもてなされて、しかも”作品を買う”という課金手段がそこに用意されていたら、めっちゃ気持ちよく札びら切れそう……」

とため息をつくと、友達も「そうなんだよ! 同性から見てもかっこよすぎてドギマギするんだよ! 近くに寄っただけでもいい匂いがするし」と同調する。

「いい匂い」というキーワードで思い出したのが、冒頭のフサヒゲサシガメである(ひどい)。すかさず「わたしもファ~~ってなってみたいな。ファ~~って」と、ファ~~のところでフサヒゲサシガメに魅了されるアリの表情を再現しようとしたが、焼肉屋ではフサヒゲサシガメという生きものについて十分な説明をしきれなかったこともあり「え……それがメレ山さんの”女”の顔なの……? ちょっと残念かな……」「さすがチョロ山(※2)」と、テーブルに残念ムードが漂った。

意外な方向からディスられ、わたしは「これは女の顔じゃなくてアリのモノマネだから! アンタだってショートボブの女ならだいたい好きなくせに!」と本題に関係ない悪罵で反撃し、深く傷つけあった。モテざる者たちによる、どこまでも不毛ないがみ合い。モテる人が、そのきらきらしさで多くの人を幸せにしているというのに……。

 

のんきに「魅了」を異能として羨ましがっていられればよかったのだが、やはり魅了には覚悟と体力が必要らしい。別で聞いた話では、その俳優さんは片時もブースを離れず、トイレにも行かないですむように当日は水の一滴も口にしないとか。ファンが自分に会いに来たときにたまたま居ない、ということが絶対ないようにするためだという。ストイックすぎる。

出展してもついフラフラと他のブースに遊びに行って、ブースに居る時間より居ない時間が長くなりかねない身としては、(比べるのもおそれ多いが)耳が痛い。ユーザーイベントは出展者も楽しむものとはいえ、やはり「魅了」が仕事の人は心構えが違う。せめてわたしも、魅了までいかずとも他人を楽しませるために見習えるところは見習おう、と思ったのだった。

魅了する方だけでなく魅了される方だって、体力と根性は要る。これは周囲のオタクの友達を見れば言わずもがなだ。

というわけで、今のわたしのポジションは「人々が繰り広げる魅了と情熱の攻防に見とれているあいだに巣仲間からはぐれ、葉っぱから落ちてきた水滴におぼれて死ぬ」系のアリである。そして、いまわの際に他のアリがこっちに来ないよう「キケン コッチ クルナ」とフェロモンで警告メッセージを書き残すのだ。いや、死ぬ間際だけでなく、わたしが書いてるテキストってだいたい「こっちはアカンでしたわ」系の血文字かもしれない。

それもまあ悪くないアリ生だが、どこかの来世では魅了したりされたりにも巻きこまれる体力を身につけたいものだ。

 

 

注1:http://sangetuki.blog.fc2.com/blog-entry-57.html さらにアリと深く関わりをもつ生物について深く知りたい方には、『アリの巣の生きもの図鑑』(東海大学出版会)がおすすめ。

注2:メレ山が「チョロ山」という蔑称で呼ばれるきっかけとなったいきさつについては、連載第2回「21文字でダメだった(https://napoleon5.com/?p=1347)」をお読みください