第十九回 天国か地獄か

 

 

転校したときの小2から中3まで、ずっと好きだった男の子がいた。希望という名前だった(本名です)。アダナは「きぼっちょ」。わたしは、きぼっちょを日々追いかけまわし、ほとんど毎日大声でコクり、学年中に吹聴し、つきまとい、ほかの追随をいっさい許さなかった。おかげで何度かつきあっては離れ、つきあっては別れをくり返す、イタチごっこのような日々を7年も送ってしまった。

好きだったのだからわたしはいいけれど、彼にとってこの7年間はなんだったんだろうと思うことがある。天国か地獄かどうでもよかったのか、その三択である。

大人になってからも一度、真相を突きとめようとしたことがあった。中学の同窓会だった。少しななめになった後ろ姿。なんだかだるそうな、大きなカラダを支えきれないとでもいうようなあの背中はあいかわらずで、座敷に入ったとたんすぐに見つけてしまった。なんとしても聞きだしたかったのだ。天国か地獄か。わたしのことを、本当はどう思っていたのか。

「きぼっちょのマツゲが長いから好き」と言うと、次の日にはハサミでカットしてきた。あんなにパッツリとカットされたマツゲを見たのはあとにも先にもあの時だけだ。わたしへのささやかな抵抗として刃物を目玉に接近させるなんて、小学生のくせにたいした度胸である。

彼のママと結託して、林間学校の服を勝手におそろい(紺とミドリのラガーシャツだった)にして嫌がられたり、なにがなんでもホワイトデーのお返しをもらおうと二階の窓から侵入したこともある。交換日記を一方的にはじめては、ぜんぜん返ってこないのでブチきれて何度もやめた。そしてまた一方的に、再開の宣言をする。そのたびに、興味はなさそうだけれど、とりあえず「ふうん」とか「あ、そう」などと言いながら、わたしが突き出したノートをきぼっちょは一応受け取った。断らない。だからもしあなたのあの時代が暗黒の地獄だったとしても、100%わたしが悪いわけじゃないよね。

思い返してみても、二人だけでデートをしたことはなかった、と思う。それでも大勢で、放課後に裏門でダラダラするのも、チューリップ公園で日が暮れるまで遊ぶのも、プールの帰りにお菓子屋のヤマザキでたむろするのもいつもいっしょだった。休みの日はヒッチハイクをして遠くまで出かけた。乗りこむ車はあたりまえのようにいっしょだったし、わたしのとなりはきぼっちょで、きぼっちょのとなりはわたしだったのだ。

あくまで自分勝手で、彼の気持ちなど慮ることはなかったけれど、こうして文字にしてみると実際のところどうだったんですか? という思いは増幅されてゆく。好かれていたとも思えないけれど、きらわれてもいないのではないかとも思ってしまう。

こんなこともあった。はじめてきぼっちょを家に呼んだときのことだった。彼がおもむろにテーブルを持ち上げて立てかけたのだ。わたしたちを隔てるために立ちふさがるテーブルの壁は見上げるほど高かった。今、フラッシュバックで思い出しても「はぁ?」である。呆気にとられながらも、わたしはたしかこう訊いた。「何してんの?」要塞の向こうからきぼっちょが答える。「バリア」。

そのあとダッシュで逃げられて、すかさず追いかけたわたしは彼を小学校前の空き地で捕らえることに成功したけれど、脱走の理由はわたしがきぼっちょの好きなケーキ(レモンパイ)を先に選んで食べたから、ということだった。

考えてみれば食べ物に関してはいやしい男だった。

大人になって屋台のラーメンをいっしょに食べたときも、やたらわたしのメンマの量にこだわっていたからぜんぶくれてやったことがある。

はぁ?

さて。同窓会では、きぼっちょのことが好きだったという女子が三人出現した。また「はぁ?」と思う。無口だけど少しおかしくて、おっさんのように飄々としているきぼっちょは、図体のでかい変人という感じだったし、思いを寄せる女子がわたしのほかにいるなんて、ちょっとマジで想像さえしていなかった。

どうして伝えなかったのかと女子たちに聞いたら「あんなにいつもアソビがいっしょにいたら言えるわけない」と恨み節を言われたけれど、史上最強のライバルが出現したところでわたしの熱が下がることはなかったはずだ。どこの誰が彼を好きとかどうでもいい。もしかしたら、きぼっちょが、わたし以外の誰かを好きだったとしてもほんとはどうでもよかったのかもしれない。

とはいっても、わたしに対して、彼が恋愛感情のカケラもなく疎ましく思っていたとしたら、青春初期のモテ期をやみくもに奪ってしまったわたしの罪はひたすら大きいな、すごいな、重罪だな、とは思います。すみませんでした。

けっきょくはニヤけるだけで最後まで口を割らなかったきぼっちょ。すごい根性だしスパイに向いているので今から転職したほうがいい。もはやわたしは真相を知ることなく死んでゆく覚悟を決めました。

天国か地獄かも、迷宮入りとなった。

今週のWEB

今こそレモンパイ おすすめ喫茶10

https://dailyportalz.jp/kiji/180418202632

きぼっちょに思いを馳せながら、レモンパイのある喫茶店をめぐった記事を書いたことがあります。