第二十三回 全てに化かされているのかもしれない「ホテルたぬきつね」

 

 

 

何年も前のことだ。青春18きっぷを使って四国をぐるりと旅したことがある。四国には秘境駅と呼ばれる駅が多くあり、誰がこの駅を使うのだろう、動物しかいないんじゃないか、という場所に駅があったりした。

 

そんな駅に興味を惹かれ、降りてみるとこの駅に次に電車が来るのは、2時間後だったりする。そのために1度降りたらその辺りをじっくり探索することができる。と言っても、人家まで遠かったり、そもそも何もなかったりで、異世界に来たような気分だ。

 

初めて来るところだし、今ならスマホで地図を見ることができるけれど、当時はまだスマホの普及はしておらず、駅にある地図を見て、あっちに小さな街があるな、と確認して歩き出し、あとはいつか誰かが思いつきで作ったような標識に従って歩く。

 

山道が二手に分かれていた。木々が鬱蒼としており、昼間なのに少し暗い。どっちの道かと迷いそうだけれど、二手に分かれるちょうど中央に木で作られた標識があり、私の行きたい村落へは右手に行けばいいとわかった。その標識に従い私は右の道を選んだ。

 

しかし、進めど村落の雰囲気はまるでなく、遠い昔に放棄された小さな神社があるだけだった。荒れ寺の神社バーション、荒れ神社だ。駅の地図にはこの神社のことは載っていなかったし、距離的に目的の村落に着いていい頃だ。私は道を間違ったのだろうか。

 

荒れ神社に座り、木々の間から見える青い空を見ていると、一人のつり目の老人が、「こんなところに人がいるのは珍しいね」と話しかけてくれた。私はここに来た理由を話すと、笑いながら「そりゃ騙されましたな」と言った。この辺りにはタヌキやキツネが出て、人を騙すのだそうだ。

 

誠信じられることではないが、確かに道を迷っているので、そうなのかもしれない。時間的に戻って村落に行くには電車に遅れそうだったので、老人に挨拶をして駅に戻る。振り返ると老人はもういなかったし、さっき道を間違えた標識も見当たらなくなっていた。

 

動物に化かされるということは、多くの地域に伝承がある。タヌキ、キツネという定番のものもいれば、ウシやクマ、私の生まれ育った街ではハムスターという時代感がイマイチわからない言い伝えまで残っている。

 

そんなラブホテルがやはり四国にあった。「ホテルたぬきつね」というのがそのホテルの名前で、とても煌びやかで豪華な外観をしているけれど、中に入ると古さを感じる。柱時計が低い音で時間を告げ、フロントではつり目の老人が、天井のどこかを見ている。ソファがあるけれど、革がひび割れている。

 

外観と内観が異なりすぎ、化かされたみたいな気持ちになる。部屋にバリエーションはなく、空いている部屋の鍵をもらう。鍵には動物の尻尾がついている。フェイクファーだろう。部屋に向かう際にフロントを振り返ると、先ほどのソファに尻尾のようなものが付いていた。

 

部屋に入ると、数回だけど確かに「ポン、ポン」という腹鼓が聞こえ、「コンコン」という鳴き声も聞こえた。ベッドの足の方には尻尾が付いていて、頭の方には木の葉が乗っている。バスローブにもちょうどお尻の辺りに尻尾が付いていて、フードを被るとその上には木の葉がある。化かす時のタヌキだ。

 

テレビでは環境映像がずっと流れている。普通の環境映像といえば、綺麗な景色だったりするけれど、ずっとタヌキの子供映像だ。猫動画のようなテンションでタヌキの映像が流れている。本棚には「ごんぎつね」が並んでいる。

 

テーブルの上には、どうぞご自由にお食べください、大変精力がつきます、と和紙に書かれ草団子が置かれている。食べてもいいものか、迷いに迷った。多くの物語の中では、木の葉や馬の糞である確率が高いからだ。しかし、現代にそんなことあるだろうか。私は食べないことにした。美味しかった。これは本物だ。考えすぎていたのかもしれない。

 

壁には通報してください、と赤文字で大きく書かれた「アナグマ」の写真が貼ってある。タヌキのとアナグマは似ているけれど、どうやら、アナグマに敵意があるようだ。

 

このホテルの最大の特徴はコンドーム。オリジナルのコンドームで、「狐ドーム」と書かれているが「コンドーム」と読む。キツネの鳴き声が「コン」なので、「狐ドーム」と書いてコンドームと読むのだ。

 

この「狐ドーム」をつけて行為を終えたとする。そして、「狐ドーム」があった己の己を見ると「狐ドーム」がないのだ。そう、化かされていたのだ。あると思ったのにないのだ。私が荒れ神社での帰り道で老人と標識が消えていたように、「狐ドーム」も消えるのだ。それが動物に化かされるということ。

 

ただ特にキツネは稲荷神社に祀られるような存在だけあり、このホテルを利用した多くの人から感謝の寄付があるそうだ。玉の輿に乗れた、とか、逆玉に乗れたとか。そういうご利益もあるホテルがここ「ホテルたぬきつね」なのだ。