第二十一話 「気が付けば品川①」

 

 

「ア!オノ!コッチコッチ!」

アブラハムからメールで送ってもらった地図を頼りに、五反田駅前にあるファミレスに入った。禁煙席の角のソファ席でシマとアブラハムがパフェらしき物を食べていた。

 

「ちょっと、捕まってないじゃん」

ユウイチが肩で息をしながら、全くいつもと変わらない様子でクリームを柄の長いスプーンで口に放り込むシマを睨んで言う。

 

「捕まり終わったの」

シマが口の周りのクリームを指で拭いながら言う。それに被さる様にアブラハムがユウイチに手招きをして、ソファを詰めて座るように促しながら言った。

「シマ、アノビルシノビコンデ、ケイビインミツカッタ」

「?あのビルって」

ユウイチが言いながらシマを見ると、シマは口を尖らせそっぽを向いた。

シマが忍び込んだビルは、モト子が謎の男と消えた五反田の雑居ビルだった。

 

「大丈夫だって、ちょっと見つかって、軽く通報されたけど、すぐ帰して貰えたし。どうせ小野さん、彼女に聞けてないんでしょ?いいって、いいって、こっちでやるから。っていうかそれより大事な事が……」

まるで何事も無かったかの様に淡々と説明するシマの前でユウイチの中の何かが切れた。

「……いな事……んなよ」

「え?」

「余計な事するなって言ったんだよ!」

 

そう言うとユウイチはその場を蹴って勢いよく店を出た。体中が熱くなっていたからか、店の外に出るとやけ風が冷たく感じた。

 

「チクショウ」

 

イライラは勢いを増しながらユウイチの内に広がって行った。何も聞けない自分、まだ何もしないで欲しいのに誰かが勝手に事を動かしてしまう苛立ち、だからと言って同じ事はできない自分、できる他人、わかっていない自分、何もかもわかったような他人、全部が全部ユウイチを掻き毟った。もう全部ゼロにしたい。頭の中はマグマの様に熱いのに、そうなればなるほど、ユウイチの外側はとても冷めていくようだった。

 

家に帰ると、ついさっきまで人がいた気配を残したままで散らかっていた。シマらの荷物は無防備に広げられているがよく見るとそれらは全てガラクタで、つまりそれは彼らがいつでも消える事ができるという周到さの証明だった。ユウイチは「ふっ」と乾いた笑いを吐きながら、散らかったガラクタを袋に詰め、ゴミ捨て場へ投げ入れた。

 

家のカギの変更依頼を管理会社に送った後、ユウイチは久々に一人だけの自宅で目を閉じた。全く静かな空間のはずなのに頭の中では沢山の人間の喋り声が次々に聞こえていた。

 

***

 

「すごい~、さすがホテルのラウンジって何か外国に来たみたいですね」

 

モト子は無邪気に言って少し緊張した様子で座っている。品川の老舗ホテルのアフタヌーンティはモト子からのリクエストだった。いかにも女子が好きそうなデザートセットにはドライアイスが仕込まれていて、黒いスーツのホテルマンが丁寧過ぎる接客でモト子を更に喜ばせる。

 

「小野さん、見てみて、可愛い~」

目の前ではしゃぐモト子を見れば見る程、ユウイチは憂鬱になっていった。

『小野さんの事利用してるんじゃないですか?』シマの言葉がユウイチの頭の中で蘇り憂鬱さは更に重さを増す。

 

「小野さん?何か今日やる気ないモードですねえ」

モト子が何気なく言った言葉にユウイチは極端に眉をしかめる。

「え?やる気?」

いつもなら笑って交わすやり取りも、この日のユウイチにはどれもが刺激物だった。こんな事言ってもしょうがない、と心で思った時はすでに手遅れだった。

 

「遠山さんは常に上からだよね。結局ジャッジする方だもんね、僕がメリットになるかどうか、採点してるんだもんね」

ユウイチは自分でも酷い事を言っている自覚がありながら止まらない。モト子は口を開けたまま、声が出ていないようだった。

「時間つぶしとか、自分の都合で僕を利用してるなら、もうやめて欲しいんだ、僕は君の人生の盛り上げ役じゃないんだよね」

「……何ですかそれ。小野さんそんな事考えてずっとデートしてたんですか?」

ようやく言葉を絞り出せたモト子の眉間にも深い皺が寄っていた。

「何も言わずに小細工してるのは、そっちじゃないの?」

 

ユウイチのその言葉の後、バンと両手で机を叩きつけてモト子が立ち上がった。その時初めて今日、モト子がワンピースという物を着てきていた事に気づく。ああ、似合っているな。と思った時はもう十分遅かった。

 

モト子は財布から5千円札を出し、机の上に叩き置きユウイチの顔を見ず出口へと振り返って歩き出した。慣れない靴なのか何もない所で躓いて、丁寧過ぎるホテルマンに抱えられて出て行った。テーブルの菓子からはまだドライアイスがもくもくと出ていて、ユウイチはその中からハート形のマカロンをつまみ出して一口で食べた。サクっと割れてジュワっと溶けたマカロンからは何の味も感じられなかった。