第二十四回 涙のカーテンコールをくれる「ホテルブロードウェイ」

 
 

 

 

知り合いから舞台のチケットをもらったので見に行くことにした。大きな劇場で催される舞台で、チケットを入手するのも難しい人気の公演とのこと。本当は知り合いが行く予定だったけれど、出張が入ったとのことで、急遽チケットを譲ってもらったのだ。

 

会場は大きく、面白いことに客席全体が回るようになっており、客席を囲むようにステージがある。一般的な舞台は場面転換を行うときに暗転したりするけれど、客席が回転するので、場面転換がスムーズに行われる。こんな劇場ができたのかと驚いた。

 

舞台は迫力があり面白かった。時代劇だったので、殺陣あり、笑いありで、最後はステージに雨が降っており、劇場とは思えない迫力だった。舞台は1日に2回公演など役者は体力勝負だ。芝居が終わると、観客席からは大きな拍手が起き、音楽とともに出演者が順に出てきて頭を下げる。最後は全員で客席に頭を下げて、袖にはけていった。

 

ただ観客席の拍手は鳴り止まない。誰もいないセットだけに向けて、拍手が送られる。会場は明るくなっているけれど、拍手は続く。するともう一度音楽が鳴り出し、また出演者が出てきて頭を下げた。こんなことが3回続いた。

 

カーテンコールというものだ。音楽のライブに行くとアンコールが起きるけれど、それと一緒だ。出演者は汗だくだけれど、満足げに拍手を受けて頭を下げていた。素晴らしい舞台を見た帰りは胸が騒ぐ。私もやってみたい、あんなカーテンコールをもらいたい、と思うのだ。

 

そんなホテルが群馬のダムの脇にあった。「ホテルブロードウェイ」。名前からは黄色いタクシーが走り、高いビルが建ち並ぶニューヨークを思い起こさせるけれど、周りはダムだ。黄色いタクシーの変わりに、黄色いミキサー車がときどき走り、高いビルの変わりに杉の木が立ち並んで揺れている。

 

ただ建物はブロードウェイを思い起こさせる。古いモダンな灰色の建物で、大きな芝居の看板が掲げられている。黒いバックに、白い正方形のビニール(よく見ると正方形ギリギリのサイズにうっすら丸縁の盛り上がりがある)が中央に配置され、その下に「オフェラ座の怪人」とタイトルが入っている。安い下ネタだけれど、クオリティが高いので受け入れてしまう説得力がある。

 

重い扉を開くとロビーだ。いくつかのボスターが貼ってあり、それが部屋の種類だ。「レミゼラブル」「マクベス」「オペラ座の怪人」など。外の看板では「オフェラ座の怪人」なのに、室内のポスターは「オペラ座の怪人」。真面目なのかふざけたいのか難しいところだ。

 

私はキャッツの部屋を選んだ。チケット売り場の横にそれぞれ部屋の看板があり、出演者と書かれた木札を裏返す。すると後ろの扉からお入り下さい、と鍵を渡された。チケット売り場の両脇に金色の手すりがついた豪華絢爛な階段があるが、それを使わずに、チケット売り場の裏のドアをあけて部屋を目指す。

 

部屋に入ると、着席を促すアナウンスや、禁止事項がアナウンスされていた。路地裏を模した部屋の灯りがぼんやりとついている。よく見えないので目を凝らすと、テープのような物が緑色に光っている場所があり、どうやらそこがベッドのようだ。

 

そこに近づくと壁の一面だけは鏡張りになっていることに気づいた。ベッドに座ると、「ブー」というブザーがなり、部屋が一度真っ暗になった。舞台と同じ感じだ。

 

私は一人なので、特にやることがないので、路地裏のセットをベッドの上から眺めていた。ダムの脇にあり、木々に囲まれたこのホテルの中に、街中の路地裏が再現されていることに驚く。

 

ゴミ箱の感じも、そこに捨てられたゴミも、今にも匂ってきそうなくらいリアルだ。時々くるくると踊るネコのような影が横切り、音楽に合わせて歌う。車のクラクション音や誰かが歩くコツコツと言う音が聞こえてくる。カップルで来るとこの裏路地の雰囲気に興奮するかもしれない。

 

実際に近づいて見てみようと、ベッドを降りると部屋がパッと明るくなり、拍手が聞こえる。さっきまで鏡張りだった場所が透けて、観客席に座った人がこちらを見て、拍手をしている。観客席はおじさんが多い。私が一人だったので、キョトンとしながら拍手をしている。

 

鏡張りの透けが元に戻っても拍手は聞こえ、また透ける。おじさんたちがやっぱりキョトンとしながら拍手している。また透けが元に戻るので、面倒になり、ベッドに戻ると拍手は消えて透けることはなかった。20分ほどしてまたベッドを降りると鏡張りが透けておじさんたちが拍手をしてくれた。

 

そう、このホテルはカーテンコールをくれるのだ。ホテルとして使う客以外に観客としても利用できるのだ。私も興味があり、チケット売り場に行くと、「ただいまウィキッドとシカゴを公開中です」と言われ、両脇の立派な階段を上り、観客席に行った。数人の方々が座っている。座ると観客席が回転した。そして、ウィキッドの部屋の鏡張りが透けて、若いカップルがベッドの前に立っていた。疲れているようだけれど、満足げな顔をしている。

 

拍手だ。拍手をしなければ。私は精一杯の拍手をすると、カップルは頭を下げて、また透けが戻る。さらに拍手を続けるとまた透けて、カップルがベッドの前で頭を下げる。透けが戻るとまた何もない薄暗い空間に戻り、5分後にまた観客席が回転して、シカゴの部屋の鏡張りが透け、30代のカップルがベッドの前に立って満足げな顔をしていた。拍手だ。

 

このホテルはカーテンコールをもらうこともできるし、送ることもできるのだ。なかなかに画期的なホテル。私が部屋にいる時に観客席の人がキョトンとしている理由がわかった。カップルがいると思ったら、男が一人なのだから。それはキョトンとする。

 

さらに5分後にまたウィキッドの鏡張りが透けてカップルがベッドの前にさっきのカップルが立っていた。満足げな顔。拍手を送る。隣のおじさんがボソッと言った。「すごいな、今日のウィキッドはもう7回公演だよ」と。それを聞いて私は立ち上がり、より強い拍手を送った。