第二十一回 「ニュートンのシティリュックサック:40500円(税込)」

 

 

 

海外で生活するようになってからというもの、今まで以上に、変態的ジャパンテクノロジーを駆使した商品に弱くなってしまった。とびきり美味いチョコレートや野菜チップス、直立するしゃもじとおたま、対象素材ごとに成分の異なる接着剤、小回りのきくアイロンミトンに、信じられないほど軽い折りたたみ傘、「こんなもの作って売ってるの、世界広しといえど日本だけだよ!」との驚きとともに、一時帰国中はあちこちで財布の紐が緩みまくる。

 

その最新版がこちら。人間工学にもとづき重さを分散させ、どんなにたくさん荷物を詰め込んでも「重力を感じさせない」リュックサック。万有引力の法則を発見したアイザック・ニュートンへの挑戦として、「ニュートンバッグ」なるブランド名で展開している。ショルダーストラップ部分は「muatsu」、すなわち寝具メーカー昭和西川のムアツふとんの技術を用いている。肩に当たるふくらみが目立つのは、点で支える卵型の凸凹フォームが内蔵されているためだ。

 

初めて見かけたのは2019年1月、JR新宿駅の改札脇に設置された体感コーナーだった。発売元のポータークラシックから出向してきたと思しきおしゃれな男性店員が、ドヤ顔で秤のディスプレイを指し示す。鉄アレイを詰めて4キロ5キロの重量になったリュックが載っていて、促されるまま持ち上げてコートの上から背負ってみると、たしかにふわっと軽やかに感じられる。

 

控えめに言って、頭がおかしい。この国はいったいどこへ向かおうとしているんだ、と眩暈をおぼえた。そもそも公共交通機関の駅構内でこんな高額商品を平然と売っているのが信じられない。とりわけここは新宿駅、一日の乗降客数でギネス認定記録を誇る、世界一雑然とした人混みの中なのだ。敷布団の寝心地をカバンの背負い心地へ転用しようという発想も、割と狂っている。おたまより接着剤よりも変態的だ。

 

重い荷物で体が疲れたとき、地球人類の大半は、なんとか持ち歩く荷物を減らす方向へと知恵を働かせるはずだが、日本人だけは「重力を無くす」方向へテクノロジー開発を推し進めたのだ。いくら荷物を持っても体が疲れなければいい。機械の体を手に入れるか、そうでなければ、背中に無重力を発生させよう。ふとんで。理屈はわかるけれども、意味がわからない。セレンディピティといえば聞こえはよいが、漠然とソシオパスっぽい。こいつら大丈夫か。

 

震えながら、おののきながら、気がつけば財布を開いてクレジットカード一括決済で購入していた。だって本当に軽かったんだもん。その日も私は、Cote et Cielの完全防水バックパックに、iPadとミラーレスカメラ、打ち合わせ先で受け取った紙の書籍と雑誌を何冊か、Kindle端末と大判のスケッチブックと画材用筆箱を背負っていた。当たり前の日常すぎてきちんと計測したことはないが、総重量5キロは下らないだろう。

 

この上、別の鞄を梱包したショッピングバッグまで提げて次の待ち合わせへ向かうなど愚の骨頂であるが、そんな人間にこそ、ニュートンバッグの「まるで、無重力」という謳い文句は刺さったのである。

 

荷物が多い人間は、いつでもどこでも変わらぬ装備をととのえて働いたり遊んだりしたい、書斎や寝室と同じ環境をポータブルサイズで携えて移動していたい、と願っている。

 

手ぶらで出かける人間よりも個々のガジェットへのこだわりが強く、その場しのぎが苦手なコントロールフリークの気があって、そしてだいたいワーカホリックでもある。

 

スマホアプリで大概のことが賄えるとわかっていても、わざわざパソコンを持ち歩く。自宅で化粧してきたはずなのに、なぜか毎日お泊まりセット級の身だしなみグッズを携行する。ひょっとしたら、念のために、と飲み切らないペットボトルを二、三本、読み終わらないハードカバーを二、三冊、つねに背中に担いでいる。

 

忙しなく仕事のことなど考えるフリをしながら、その実、とっとと自宅へ帰って寝たいと考えてもいる。何なら今すぐここでキャンプを張って休息したい。最も快適な状態にととのえてある「寝ぐら」への未練がなければ、それほどの大荷物を抱えて街中をうろつくはずがない。そんな人間どもに「ストラップ素材が、ふとん」という発明品は刺さりまくるのだ。私のことだが。

 

ニュートンバッグを背負って出歩くと、合唱曲「ゴール目指して」の「肩に食い込む ザックに耐えて 君の足跡 辿っていった」という歌い出し(にかすかなボーイズラブの香りを嗅いで興奮したこと)を懐かしく思い出す。変態的ジャパンテクノロジーのおかげで、ポータブルふとんを内蔵した私のザックはもう両肩に食い込まない。耐えるべき辛く苦しいことなど何もない。我々は、重力から解放されたのだ。

 

けれども同じ荷物を肩から下ろし、手に提げて持ってみると、やっぱりめちゃくちゃ重いのである。muatsuのおかげで肩が凝らなくなったとはいえ、今まで重い重いと嘆きながら持ち歩いていたiPadを、軽い軽いと喜びながらMacBook Proに切り替えてしまったのだから、当然といえば当然か。

 

重さを分散させる構造がいかに優れていようとも、その結果として一日に携行する荷物が微増し、蓄積される疲労の総量も、じわじわ増している気がする。重力から解放されるのはニュートンバッグを背負っているわずかな間だけ、その前後には、ツケを払うように、今まで以上に、ドッと万有引力の法則を感じるのだった。

 

そんな私を見て「やっぱり自然の摂理には逆らえないんだよ!」と大笑いする夫が、日本一時帰国のたびに爆買いしているのは、寝袋メーカー・NANGAが作ったダウンジャケット。ふとんのような鞄を背負い、寝袋のような防寒着をまとって、ラクがしたい、ラクがしたい、早くおうちへ帰りたいと嘆きながら、我々は今日も大都会の行軍を続けている。