【最終回】第27回 「生きづらい世界を生き抜くために」

 

 

 

ぼく、ヒモックマ。

 

女に養ってもらっている白クマの男の子だよ。

 

ぼくの連載コラム「ヒモックマの寄生ラッシュ」は、今回が最終回となります。

 

あなたが今、見てくれているこのサイト「ナポレオン」自体が、大人の事情で閉鎖されちゃうらしいので仕方ないよね。

 

ぼくたちヒモは、宿主が「終了」と言えば、それで終わり!

 

潔く受け入れよう!

 

でも、残念なのは、「まだ書けていないヒモ男テクニック」が、山ほどあるということ。

 

さっき、軽く数えてみたけど、280193631個あったよ!

 

 

そんなわけで、このコラムをまとめて、書籍化してくれる出版社さんを募集しております!

 

書き切れなかったヒモ男テクニックは、書き下ろしでたくさん収録可能です!

 

ご連絡お待ちしております。マジで。

 

 

さて、気持ちを切り替えたところで、最後は、好き放題にしゃべらせていただきます。

 

といっても、日ごろから好き放題にやらせてもらっているので、今日は逆に真面目な話をしようと思います。

 

「生きづらさ」の話です。

 

あなたは、今、生活をしていく上で「生きづらさ」を感じていますでしょうか?

 

仕事のストレスや、人間関係の悩みなど、日々の生活の中で「生きづらい」と感じるポイントはたくさんあります。

 

けれど、「生きづらさ」を全く感じておらず、毎日楽しいなぁ~と思いながら生きている人もいるわけです。

 

そういう人たちのことは、「金銭的に余裕があるからだ」という結論で片付けられがちですね。

 

じゃあ、お金があったら、しあわせなのでしょうか?

 

あっ、やば…!

 

「お金があったら、しあわせなのでしょうか?」って、すごく胡散臭い文章を書いちゃった。

 

まあ、そりゃ、お金があったらある程度の悩みは消えますよね。お金、大事。

 

でも、「生きづらさ」の根源って、お金じゃ解決できないようなところにあると思うんですよね。

 

 

ぼくは「生きづらさ」の正体は、「自分は絶対に大丈夫だ」と考える強い心にあると思っています。

 

たとえば、ぼくヒモックマに対して、「ヒモってほんとクズwww」と言ってきた人がいたとしましょう。

 

「ヒモ」の善悪の問題は、一旦、置いておいて、「ヒモはクズだ」と言っているひとの頭の中には、「自分は絶対にヒモにはならない、大丈夫だ」という意識があると思うんです。

 

それがあるから、「ヒモってほんとクズwww」という発言が出てきているわけですよね。

 

いや、全然「ヒモックマ、クズすぎワロタ」ってぼくのこと笑ってくれていいんですよ! たとえばね! たとえば、の話です!

 

とにかく、何かを否定している時、そのひとの中には「自分は絶対に大丈夫だ(そうはならない)」という意識があるわけです。

 

「自分は絶対にヒモにはならない」と考えているひとの場合、「男は自分で稼いでメシを食っていくべきだ」「女に養ってもらうのは男の恥だ」といったプライドがあることでしょう。

 

もしくは、「俺は仕事がデキるから会社をクビになるわけない」「ウチは大企業だから安泰だ」といった自分が置かれている環境への誇りとかね。

 

プライドを持つことは大事だし、誇りを持つことも大切です。

 

でも、このご時世、何が起こるかわかりません。

 

万が一、自分で稼いでメシが食えない状況になった場合(たとえば、会社が潰れてしまったり、クビになった場合)、ものすごい反動で、今まで発した言葉たちは、あなたの心をへし折りに戻って来ます。

 

「女に養ってもらうのは男の恥だ」という自らの言葉が邪魔して、あなたは、まわりを頼れなくなってしまうことでしょう。

 

たとえ、彼女や奥さんを頼れたとしても、あなたの心にはその言葉たちが、するどく刺さったままなので、毎日がものすごいストレスになってしまいます。

 

「もしも」のことが起こらなかったとしても、「もし、そうになってしまったら…」という恐怖が、無意識に「生きづらさ」を感じさせている要因なのではないかと思います。

 

 

今回は「ヒモ」で例えましたが、この部分には色んな言葉が入ると思います。

 

あなたが普段、「〇〇〇なんてやめなさい」「〇〇〇なんて恥ずかしい」と言っているものに、置き換えて考えてみてください。

 

断言しますが、あなたがそうならない可能性なんて1mmもない。

 

たとえ、あなたが〇〇〇にならずに逃げきれたとしても、あなたの友達や家族が〇〇〇になる可能性だってあります。

 

そうなった場合、「〇〇〇を否定するあなたの発言」を聞いていた友達・家族を、苦しめることになる。

 

苦しんだ彼ら彼女らが、あなたから離れていくかもしれないし、関係が悪化するかもしれません。

 

それが結局は、「人間関係が上手くいかない」というあなた自身の「生きづらさ」となって、戻ってくるわけです。

 

 

「だからヒモを認めろ!」と主張したいわけではありません。

 

「他者を批判したり、悪口を言うのはやめましょう!」と綺麗事を言いたいわけでもありません。

 

あなた自身が「生きづらさ」を感じずに、ただただ静かに生きていくためには、「他者を否定しない」ということが唯一の救いになるのではないか、というお話です。

 

「〇〇〇には絶対にならない」というプライドや誇りを持てば、それを原動力にしてがんばれるし、自分を戒める抑止力にもなります。

 

でも、それを他者に押しつけてしまうのは違いますよね。

 

「誰かを傷つけないために他者を否定しないでおきましょう」ではなくて、自分が傷つかないために、他者を否定しないでおきましょう

 

 

とはいえ、自分とは違う考え方を「そういう意見もあるよね」と受け入れてあげるのは、なかなか難しかったりもしますよね。

 

だからこそ、「ヒモなんて最低だ」という息苦しさが蔓延する社会を、少しでもマイルドなものにするために、ぼくは生かされているんだと思います。

 

「ヒモ」という存在が、ポップで笑えるものになれば、いつかどこかで、あなたの心を救ってあげられるかもしれない。

 

働けなくなった時は、彼女や奥さんに助けてもらったり、ごはんを食べさせてもらったりしても全然いいじゃないですか。

 

何も恥ずかしいことではありません。

 

元気にバリバリ稼げるようになってから、返していけばいいだけの話です。

 

人生はとても長いので、そんな時期は必ず一度や二度は訪れます。

 

だからどうか、しんどくなった時は、「ヒモ」という緊急避難の選択肢もあるということを思い出してみてください。

 

「ヒモ」は、現代人に残された最後の駆け込み寺。

 

いつだって、ぼくはあなたの味方です。

 

 

というわけで、最後まで読んでくれてありがとうございました!

 

またいつかどこかでお会いしましょう!

 

たとえば、書籍とかでね。