【最終回】第二十七話 「あれもこれもそれも全部」

 

 

 

 

「いらっしゃい」

千代田区のど真ん中にあるとは思えない入り組んだ路地の端の奥の中に事務所兼中華料理屋はあった。

「小野さん、今日もスーツダサいねえ」

「ダサイネエ」

「うるさいし、ダサくねえし、ラーメン」

店主は「あいよ」と頷き、厨房に立つもう一人の外国人風店員に颯爽と指示を出す。それからもう一人、出前に出る角刈り青年が入り口で声を張り上げる。

「出前いってきまーっす」

「お、沙菜男気を付けて行って来いよ!性別変えて帰ってくる時は一報して!直帰OKにするから!」

(そんなバイト、どこに居んの……)

和気あいあいとした雰囲気にまるで関係の無い会話が弾むちぐはぐな光景に顔を歪めながらもユウイチはどこか柔らかい気持ちに包まれた。

 

 

***

 

「はあ?君男だったの?モト?ゲン?」

池袋のとある雑居ビルにあるチェーン店の居酒屋にユウイチの声が響く。幸い客は誰もおらず、会話は続いた。

沙菜は「戸籍は変えてないので、とりあえずゲンかな」と言いながら相変わらず豊満な肉体を揺らす。人は見かけによらないとはまさにこの事だ。沙菜ほど『女性感』を放つ女性を見たことが無い、ユウイチは改めて沙菜を見て思う。

「コレ、オレノパスポート」そう言ってアブラハムが見せて来たパスポートは見覚えのあるえんじ色をしていた。

「いや!いやいやいやいや、いやいや、日本人じゃん!」

ユウイチはそう言うと、渡されたパスポートを何故か怖い物を避ける様に机の上に投げ置いた。

「サマザマ、ジジョウアリナガラ、オレハニホンジン」

(だいぶ片言だけどなあ)と、ユウイチは思いながら口には出さず、ただ、見た目も含め『そう見える』という情報は、実際は何にもならない物だったのだな、と強く気づかされた。

 

「久々にみんなに会えたのはいいけど、再会の会話がぶっ飛び過ぎててしんどいよ」

ユウイチはまだほとんど物が入っていない胃を撫でまわしながら右手でギブアップの様なジェスチャーを取って言った。

「もうギブアップですか?他にもありますけど?」

シマが不敵な笑顔にユウイチは居酒屋の椅子にもたれながら目だけを見開く。

「いや~、え、い~や~、どうだろう~、耐えられるかな~」と一通り一人でくねくねと悶えてから、半身を持ち上げ「で、他って何ですか?」と問うとシマが答える。

「実は僕ね……」

 

 

***

 

 

「まさかシマさんがあのパンクバンドの元メンバーでしかもあの曲の作ってたなんて。あのバンド今度全米デビューするそうですよ。惜しい事しましたね~」

ユウイチが言うとシマは中華鍋を振りながら笑って言う。

「これからは中華屋と探偵、二刀流の時代だよ」

「流行るんですか?それ」

「ジダイガオイツケバナ」

アブラハムは片言だが、実は一番鋭いのかもしれない。

 

「でも、沙菜ちゃん、あ、今は沙菜男くん?が、また男になるって言った時は今までのどの話よりもびっくりしましたよ。でも、凄い。日常を変える事を怖がらずいつだって前に進んで。強いです彼は」

呟くユウイチに厨房から出て来たシマが出来上がったラーメンを手渡しながら言う。

「どうだかね、怖いから前、なんだと思うけどね」

「怖いから前……」

ユウイチはラーメンを受け取り、「いただきます」と手を合わせると汁と麺を勢いよく吸い込みダイナミックにむせた。

「オノハズットドジ」

アブラハムが呆れた様子で言う。

「『ずっと』だからいいんだよ、小野さんは」

シマがアブラハムの肩にそっと手を置いて言った。アブラハムの肩は油でねっとりとしていた。

 

 

***

 

 

「遠山さん!待った?」

品川駅の高輪口に向かう通りの脇にあるポストの隣に杖を持ったモト子がぽつんと立っていた。普段からパステルカラーを好むモト子だが、この日はレモン色のサマーニットを着ていて、モト子にはやっぱり黄色が似合うなとユウイチは思う。

 

「あ、小野さん」

「待った?ごめんね。人多いけど大丈夫だった?」

ユウイチがそっとモト子の肩に触れ優しく声を掛ける。

「問題ありません。わたし適応力高いんです。それより、今日この後余裕あったらもう一駅行きません?高輪ゲートウェイ駅!」

モト子は弾むように言うと、嬉しそうに笑った。品川駅の雑踏に二人の空気だけが緩やかだった。

 

「いいね。行こう、僕もまだ行った事ないんだ。ずっと工事してたし。たった一駅だから、反対向きの電車に乗らないように注意しなきゃね」

「間違っても大丈夫ですよ、最悪そのまま乗ってればいいし」

「めっっっっちゃ、時間かかるよ」

「でも結局連れてかれますからね、ループしてるから」

「有り難いねえ、山手線」

「『まるで人生だな』とか臭いこと言わないんですか?」

「言わないよ、むしろ逆だし」

「逆?」

「人生は、繰り返しではなく、始まりを連続しているのだ!」

「え?何それ、じゃあ、やっぱり繰り返しじゃん」

「いや、違うよ、これは、毎回毎回新しい始まりをリフレッ……あれ?ちょっと?待って~~!」

 

***

 

 

前に進もうと、後ろに下がろうと、怖がることは何もない。行き先に間違いは、無い。