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第二話  「違和感」

神様、本当はそんな人絶対にいねぇし。ユウイチは何度もそう頭の中で悪態をついいた。

 

ピーコンピーコン、とけたたましい高音と赤いランプが点滅して「チャージしてください」という女性アナウンスの声が響く。周囲、誰もおらず。音、響く、それに気づいたモト子が振り返る。「うーわー、さっぶ」……と、言っているかはわからないが、ユウイチの頭の中では勝手にそんなアテレコがされていた。ユウイチは口角と眉をぐいっと引き上げモト子にぎこちない笑顔で「ちょっと、待ってて」とかざしたSuicaを握って急いでのりこし精算機に走った。

 

「最悪、もう最っ悪」ユウイチはすこぶる女子みたいな独り言をモト子の前で出してしまわない様に、清算機に吐けるだけ吐く。これで、よし。

 

***

「自動チャージにしてないの?通勤してるのに?」

 

冷や汗を拭いながら改札を出たユウイチにモト子は素朴に尋ねた。

「あ、うん。オートチャージ付きのカードは作ったんだけどさ、何でかこの一番最初に作った普通のSuicaを使っちゃうんだよね。あっちはさ、アレだよ。いざという時まで眠ってる感じの……」別に堂々とすればいいのにまともな事を聞かれるとユウイチはついどもってしまう。

「ふーん、よくわからないけど。ていうか、何でスーツ?」

「あ、これね。なんていうか実は今日午後からちょっと野暮用があって……っていうか遠山さん、急にタメ口になってない?」

 

会社で居る時も基本は年齢云々関係なく和気あいあいと過ごしているし、そもそも、ユウイチ自体敬語を使えなどと思うタイプでは全然ない。ただ、ずっとされていた話し方が急に変わるとリズムが取りづらい。そんな違和感からの質問だった。するとモト子は

 

「小野さんって、そういうとこあるんだよねー。前から思ってた」

と、言いながら右?左?と指を左右交互に指して「どちらに行く?」と顔でユウイチに尋ねた。ユウイチはじゃぁこっち、と右を指さす。

 

駒込駅の南北線入口前から線路沿いに東口へ緩やかな坂道を下り歩きながらユウイチがモト子に聞く。少し体重が前にかかってポテッ、ポテっとなる。

 

「あのさ、さっきのどういう事?僕にそういうとこあるって……」

ユウイチが聞くとモト子はユウイチの顔を見ずに前を見たまま「えー?」と言ってから

「いつもと違う事が起こると、すごく居心地が悪そう」やっぱりユウイチの顔は見ない。

「そうかな~。でもさ、それって普通の事じゃない?」ユウイチが言うとモト子は

 

「いつもと違う事が本当は真実かもしれないのに」

 

そう小さくつぶやいて東口の高架下と、まだどこも開いていないお店が並ぶ通りをキョロキョロと見てから「こっち?」と高架下の方を指さしてユウイチを見た。ユウイチは勢いのまま黙ってうんうんと頷いた。モト子はすでにユウイチの5歩くらい前を歩いている。ユウイチは少し体を跳ねさせて高架下の方へ曲がったモト子を追いかけながら聞く

 

 

「ねぇ今の言葉さ、前にも言った?」

 

 

モト子はその質問には答えなかった。

 

***

 

日曜の駒込駅の朝はほとんどが閉まっていて、時々パン屋やチェーン店のコーヒーショップ、ちょっとレトロな喫茶店なんかが開いていたけど、ユウイチが時計を見た時すでに8時40分で「ただの散歩になっちゃったね」と言うしかなくなっていた。と、言うよりもはや集合10分くらいで何もプランが無かったユウイチは「今日は朝散歩で様子を見るしかない」と決めていたので白々しい限りの「散歩になっちゃったね」なのだけれど。そんなユウイチにモト子は

「だから、グレーのスーツはほんと無いよ。小野さん浮いてるもん」と笑った。

理由はどうであれ、今日初めてモト子が笑った顔を見た気がしたユウイチはそれだけでなんだか少し心が救われた気がした。

 

痩せ形のモト子にふんわりとした黄色のセーターはとても良く似合っていた。本当はスカートの姿が見たかった気もしたけど、ジーンズ姿も十分ユウイチには新鮮だった。2年前の冬、取引先へ持っていくはずの資料が足りなくて困っていたユウイチに、資料を届けてくれたのがモト子だった。普段からよく話す間柄ではあったが、その時初めて会社の外でモト子を見た。それ以来ユウイチは自然とモト子を意識するようになった。特別な物語は無いけれど、長らく人を好きになる事がなかったユウイチにとってそんな気持ちが沸いただけでモト子を好きだと認めるには十分だった。特別な理由が無くても好き、それこそ本物だろうな。とユウイチは信じていた。

 

結局二人は駒込駅をぐるっと回ってどの店にも入らず第一回目のデートはあっけなく終了した。モト子は「じゃ」などと軽やかに解散のオーラを漂わせている。っていうか、放出している。ぶしゅーっと。ユウイチはとっさに「今日はね、まぁ初回なんでね、アレですけれども、服もね、僕ちょっと勘違いがアレしてスーツなんですけどもね」などと、中堅漫才師の様な語り口になってしまっていた。

 

「はいはい、何でもいいですけど、次は巣鴨でいいですか。別に順番に回らなくてもいいんですけど」と、モト子はいつの間にかいつもの敬語モト子に戻っていた。

 

「じゃぁ次は朝の待ち合わせはやめよう。店閉まりすぎてるし」すかさずユウイチが言う。

 

「じゃ、次の日時はお任せします」そう言ってモト子は南北線の乗り口へと消えて行った。ユウイチはその姿を割と長めに見送ったあと、自分は改札に背を向けて歩き出した。目の前の横断歩道が青になってピヨピヨ言っている。「予習、させてもらいますからね」そう言うユウイチの目線の先には巣鴨駅が見えていた。

 

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