Case0 コラムニスト・出海眞代(いづみ ましろ)後編

 

「それってうつ病じゃないの?」

 

日曜の昼下がり、人が混み合う表参道のカフェ。友人・菱子(りょうこ)が猫のラテアートが施されたカプチーノを飲みながら、切れ長の瞳で私を見ながら言った。菱子との付き合いは、今年で10年になる。久しぶりに会うことになった彼女は、大手アパレルメーカーに就職し、忙しい毎日を送っていた。

 

「いやいや、うつ病って…もっとストレスフルな人がなるものでしょ」

 

苦笑いをする私に彼女は、ハァと溜め息をつく。またカプチーノを啜る。猫の顔はもう原型を留めていなかった。彼女はいつもこんな調子だ。一言で表すと、クールビューティー。ブリーチをし、綺麗にアッシュブラウンを重ねた長い髪を掻き揚げる。そして、また私に視線をやった。

 

「あんたね、フリーランスって逆にうつ病になりやすいんだからね。今の話を聞いてると、ビンゴだよ、ビンゴ」

 

うつ病。仕事柄、たまに資料で見ることはあっても、自分に関係ないとずっと思ってきた単語だった。菱子の怪訝な顔に後押しされるかのようにGoogleで「うつ病 症状」と検索する。最初に出てきたサイトにアクセスし、症状欄を見れば、確かにいくつか当てはまるものはあった。

 

「うーん、まあ当てはまるものもあるけど」

 

「ほら!やっぱり!」

 

「でも、ちゃんと寝て食べてるし、会社勤めの子たちに比べたら、ストレス少ないよ」

 

「眞代は昔からメンタル強くないし、連載無くなっちゃったんでしょ?何がきっかけでそうなるか分からないんだから」

 

メンタルが強くないのは、図星中の図星。フリーランス宣言を両親にした時も、同じようなことを指摘されていた気がしなくもない。それに10年来の友人…私の良し悪しを知る人物に言われると、信憑性が高いのは事実だった。

 

「周りを気にするのも分かるけど、フリーランスで食べてる眞代はすごいからね」

 

そう褒め、微笑む彼女。私は気がつけばぬるくなっていたカフェラテを口にし、ぎこちなく笑った。旧友からこうやって励まされているのだから、本来なら心から喜びを感じるべきなのだろう。けれど、私が思っていたのは、菱子が着ている服への感想だった。

 

(メディアに載ってた今季の新作だ。買うの諦めてたんだよな。菱子の会社だったっけ。社割で買えるのかな)

 

(いいなあ。羨ましい)

 

(羨ましい)

 

 

夕方、明日も朝から仕事がある菱子と別れた後、作業スペースとしていつも使っている渋谷のカフェに行き、ノートPCを開いた。新たに来た単発案件の執筆の為だ。しかし、今日はいつもの調子が出ない。思考が上手くまとまらず、文章が一向に進まなかった。30分、1時間…進んでいく時間とは裏腹に文字のカウント数はまるで増えていかない。書いては消して、消しては書いてを繰り返す。

 

「駄目だ…」

 

カフェに来てから、約2時間半が経過したところで見切りをつけた。こんなことは始めてだ。いつもなら、いくらやる気がなくとも、書いていれば文章が完成していく。なのにも関わらず、今日は規定文字数の1/3もいかなかった。ノートPCを閉じ、iPhoneを手に取る。Instagramを開けば、日曜日らしい投稿が溢れている。

 

『仕事もろくに出来ない人間が何を羨ましがってるんだ』

 

頭の中に響いたそれをきっかけにまた焦燥感が襲ってきた。店内だというのに涙が出そうになる。私は必死に堪えた。会計を済ませて、そそくさと店を出る。風の冷たさは季節を知らせてくれる。もう秋だった。

 

社会人としてのフリーランス生活も優に半年を越えていた。