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第3回 「主夫」と「ヒモ」は似て非なるもの

 

 

ぼく、ヒモックマ。

 

女に養ってもらっている白クマの男の子だよ。

 

世間では、そういう男のことを「ヒモ」と呼ぶらしいね。

 

 

ヒモの話をしていると、必ず現れるのが「主夫とヒモって何が違うの?」というオールドスタイルのバカ。

 

「男は外で稼いで、女は家を守るべし」という旧時代の考えを、いまだに大事に守り続けているジジイに多いよね。

 

ジジイだからSNSをやっていないおかげで炎上せずに済んでいるけど、このご時世に「主夫」と「ヒモ」の区別すらついていないのは、マジでやばい。

 

アクセルとブレーキの区別がついていないのと一緒だから、早く免許証を返納した方がいいかも。

 

 

とはいえ、「主夫」と「ヒモ」の明確な違いをひとことで説明しろと言われたら、頭を悩ませるひとも多いんじゃないかな?

 

同じ質問を投げかけると、大体のひとが「主夫は家事をするけど、ヒモは何もしない」と答えていたけど、これは大きな間違い。

 

「ヒモは何もしない」と思っている人は、もっと物事の本質を見てくださいね。

 

「そこにないもの」が見えていないってことは、原価厨と同じだからね。

 

キミみたいなやつが、ビーズアクセサリーを見て、「これ、原価でいうと数十円ですよね?」って職人さんに言ったりするんだろうなぁ。

 

「ヒモは何もしない」と思っている人に逆に聞きたいんだけど、あなたは「何もしない人間」に月々お小遣いあげたり、養ったりするかい?

 

ヒモになったからと言って、何もしなくていいなんてことは絶対ない。

 

「働かざるもの食うべからず」って言葉は、実はヒモにも当てはまるんだからね。

 

 

それを踏まえて、「主夫」と「ヒモ」の明確な違いをひとことで説明するね。

 

ずばり、その違いは「提供するものが目に見えるか見えないか」だよ。

 

料理や洗濯や育児など、成果が「目に見えるもの」を提供するのが、主夫。

 

癒しや安心感、存在意義、承認欲求など、「目に見えないもの」を提供するのが、ヒモ。

 

これが、「主夫」と「ヒモ」の最大の違いだよ。

 

そして、癒しや安心感、存在意義、承認欲求などの「目に見えないもの」のことを総称して、私たちは「愛」と呼んでいます。

 

 

そう書くと、主夫に愛がないみたいになっちゃうけど、そういうことではないからね。

 

主夫は、もともと「愛」があって、愛があるからこそ労働力を提供しているよね。

 

ヒモは、「お金」が主軸になって、その対価として愛を提供している。

 

愛の置かれている位置」が違うのも、主夫とヒモの決定的な違いかも。

 

 

「主夫」と「ヒモ」は、入り口も出口も、ベクトルが向いている方向も、すべてが違うってことがわかってもらえたかな?

 

そんな2つを同じフォルダに入れて語るのは無理がありすぎるよね。

 

例えるなら、M―1グランプリの審査員をしているのに「漫才は面白かったけど、私服がダサいので50点にしました」って言っているようなもの。

 

インスタライブどころか、すべてのSNSで叩かれます。

 

「主夫」と「ヒモ」は混ぜるな危険!

 

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