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第三話「Bird set Free」

 

「今度こそちゃんと忘れる。忘れずに、ちゃんと忘れる。ごめん。ごめんなさい。」

 

左目だけに薄い光を感じてのっそりと重々しく目を覚ましたのはモト子だった。久しぶりにユウイチの夢を見ていた。

 

 

*****「東京ループデート 第3話「Bird set Free」*****

 

「ねぇ、ちょっと……おわっ、す、すみません」

例に漏れずグレーのスーツで両手に並々注がれたビールを持ってユウイチは人込みの中を右往左往していた。ビールの入ったカップはプラスチックで力を込めて握るとすぐに中身が溢れてしまう。

 

「小野さん!こっちこっち!」

小さなライブハウスの最前列付近にサーモンピンクのパーカーを着たモト子が居てユウイチに向かって大きく手招きをしている。

「ちょ、待って遠山さん、これ、あっ痛っ、すみません。ちょっ通して、通……」人込みに体をねじ混んで、気分は熱した飴のようにぐね~っと通り抜けているつもりも全く前には進めない。ビールをかばっているせいもある。あと数列でモト子の居る場所だ、というところで館内の照明がヴァンと消えた。

 

ターススターススタースターンタン、舞台上の人間だけに聞こえればいい小さいドラムのカウントがかすかに聞こえた……と思ったと同時にユウイチの周囲は

 

バァァァァッァァァァン!!!!!

 

爆発した。(音で)

 

「オラオラオラオラ~~~!!!今日も行くぞぁーーーーーーーーー!!」

 

舞台の上が一気に明るくなり、ゴア~~ンというギターアンプが響く音。派手なメイクの女性の様な男性ボーカルと、派手なバンドメンバー達が体で楽器を叩く様に演奏している。観客はこの始まりの一曲に懸けていたと言ってもいいくらい体を揺らし声を上げている。申し訳ないが、ユウイチの両手にあったビールは、最初の衝撃で人々の景気づけのシャワーになってしまった。それは自分にも掛かっていて、でも数列前のモト子には掛からなかったのでそれはせめてもの救いだった。

***

 

「ねぇ?言って~?何~巣鴨何~?おじいちゃんの原宿じゃないの?俺さ、下見に来てたんだよ。先週、駒込デートの帰りにこのスーツで。」

ユウイチはライブハウスの熱気のせいなのか、それとも自分が置かれた状況が把握しきれない混乱からなのか、普段「僕」と言っているところが「俺」になり饒舌にべらべらと喋り続けていた。

 

「あはは、ごめんね。たまたま見たいバンドのライブがあったから丁度いいじゃ。思って」

モト子は相変わらず屈託のない笑顔で、全く申し訳なくなさそうに笑う。

「いいけど、全然いいけどさぁ~、今回はがっちりデートを組もうと思ってたからさぁ~。ほらこれ見てよ」

ユウイチの手元にはびっちりと予定が書きこまれたメモが広げられていた。

「何これ、耳なし芳一くらいびっちり度で怖いんですけど~」モト子がまた笑う。

「失敬だな!」ユウイチは言うが声の温度は「やっぱり君が好き」と同じだった。

「しかも小野さんこれ、会社のポストイットでしょ?ダメだな~私物化は」と言ってにやりと笑うモト子。ユウイチは「それは君の勘違いだね」と言って急いでメモを握りつぶしスーツのポケットに入れた。やっぱりスーツはビール臭い。帰ったらすぐクリーニングだな、こりゃ。とユウイチは思う。

 

前回の駒込駅初デートの後ユウイチは巣鴨をこれでもかというほど予習していた。塩大福屋を見て、地蔵の最中も見て、とげぬき地蔵も見て、謎のワイドショーのインタビューを断り、菊祭りなるものの日程も調べ、お決まりの赤いパンツの値段を調べ、印象に残せるデートコースを練りに練った。練って練った結果……。

 

「急に来いって指定された場所がライブハウスだし、俺のオーガナイズの確認とか全然ないし、でもまぁよかったよ、結局その、イメージ通りの街歩きしてもしょうがなかったから。調べてくれてありがとう。」

ありがとうで言葉を締めて、苦情をマイルドに伝えるのはユウイチの得意技だった。

「いえいえ、こちらこそ。お忙しい中お付き合い下さり幸甚です」モト子もチャーミングさしかない慇懃無礼でお返しをした。

 

「でもあのバンド、何か意外だったな~、遠山さんってさ、ああいうバンド聞くんだね」

ああいうバンドというのは、さっきライブを見たバンドの事である。ビジュアル系と言えばそっち寄りの、でも来ている服は破れたTシャツにダメージ受けすぎのジーンズだったりするからパンクロック寄りなのか、でも歌ってる曲はブルース寄りって言うのか、どこか懐かしい王道ロックと言うのか……。

 

「あの歌よかったよ。よかった?っていうか耳に付いた」ユウイチが仕切りに人差し指を頭の横で回す。それじゃくるくるぱーみたい。

 

「あぁ、『自由になった鳥みたいに』?」モト子が両手を合わせて閃いた様に言うと

「おお、そうそう。何なのあの曲?」何なの?という二人の雰囲気から、その「何なの?」は完全に「アリの方の」「何なの?」である事がわかる。

 

「意味なんか、無いんですよ。ただ好きだから好きになっちゃうんですよ。人間は」

モト子は何かを思い出すように鼻歌でその歌を口ずさんだ。その横顔を見ながらユウイチ「それは君を好きな事の理由と同じだな」と言おうとしてやめる。あまりに臭すぎて、言った後自分が嫌いになるがわかったからだった。

 

「じゃ、小野さん。時間なんで今日はこの辺で」

モト子はくるりとユウイチに向きなおし、駅前のアーケードの真ん中で携帯を水戸黄門の様に見せながら言った。

「あ、え?マジ?時間?そっか。いいけど、駅まで一緒に行けばよくない?」デートの見送りは自分がするものだと思って居たユウイチは何か後味が悪い気がしてモト子に言う。

「あ、でもわたしちょっと見たい場所もあって。今日はわたしにお見送りさせてください」モト子がそう言うとユウイチは、わかった。じゃぁまた。と小さく手を上げてすんなり駅へ向かって歩いて行った。今日のデートは楽しかったから、あるいは、スーツがビール臭い、というのもあったと思うけれど、振り返る事もなくユウイチはさくさくと駅へ向かって歩いていった。

 

 

どんどん人込みの中に消えていくユウイチをうつろに見ながらモト子の体はその場から動かない。じゃぁ、と小さく上げた携帯を持った右手もまだその形のままだった。そんなモト子に一人、男が近づきそっと声をかける。

 

「遠山さん?大丈夫ですか?」

その声にハッとして振り返ったモト子はとても辛そうに彼をこう呼んだ。

 

「先生……」

 

***

「♪結局変わる事なんてナイナイナイナイなんもない!自由になった鳥だって、結局自由を繰り返してるだけ繰り返してるだけ繰り返してるだけ、みんな嘘つき~~~~!」

 

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