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Case1 夢を見ていた。後編

 

夢は、いつだって自分に優しい。

 

カーテン越しから入る日差しの中、私は眠りについた。思えば、夜に寝るよりも、二度寝の方が心地良いかもしれない。そんなの当たり前だと言われるだろうけど、それには明確な理由があった。二度寝をすると、あの人に会えることが多いから。

 

「何かを選択するなら、簡単な方よりも、難しい方を選べよ」

 

ライターを始めると報告した日に、彼、庄本紘和(しょうもと ひろわ)から言われた言葉だ。紘和、いや、紘和さんは7歳上で学生時代から始めたIT会社の経営を行っていた。19歳の夏、私は知人を介して知り合い、仲良くなった。どうして仲良くなったかも定かではない。歳の差もあれば、共通の話題だって少ない。19歳当時の私からすれば、「若い子が好きな遊び人なんだろうな」程度の認識だった。

 

それでも、惹かれていくのが人間の性。付き合ってる確証は無い。でも、一緒にいると自然と笑いに溢れ、そして何より彼は私に生き方を説いてくれる。いつしか、私にとってかけがえのない存在になっていた。

 

「紘和さんって、何で私と会うの?得るものある?」

 

「ないね」

 

「酷くないですか?」

 

「まあでも、思うことがあるから会ってるんだよ。俺、暇じゃないし」

 

「なにそれ」

 

「大人になったら分かるよ」

 

「子供扱いしないでくださいよ」

 

 

そう、私はガキでしかなかったのだ。

 

歳も重ね、ライターとしての露出が増えていくと、自然と同・他業界に問わず、知り合いが増え始めた。ある夜、異業種交流会の後、そこで意気投合した同年代のメンバーと友人とで軽い二次会を行った。お酒も入り、各業界の噂話で盛り上がっていると、突然聞き覚えのある名前で話が一層盛り上がりを見せる。それに反し、私の顔はどんどん青ざめていく。

 

「知ってる?庄本さん!庄本紘和!あの人、婚約者いるのに色んな女の子をとっかえひっかえしてるらしいよ」

 

「THE経営者って感じだね~」

 

「超イケメンって感じじゃないけど、モテる理由も分かる気がする」

 

頭の中で必死に「どうか、どうか、私の知っている彼じゃありませんように」と願った。が、その願いも空しく、その話題で出てくる単語はどれも彼に紐づいていくのだった。場の空気をどうにか読んで、空笑いをする。今にも泣きだしそうなのを頑張って堪えた。

 

「なんか、女子大生食いみたいなこともしてるみたいよ」

 

「流石に未成年には手を出してないよなー」

 

「それはやばいって」

 

「てか、眞代って会ったことありそうだけど、ある?」

 

急に投げられた問いに全力で首を横に振る。

 

「そんなことあるわけないでしょ」

 

「えー1回ヤってたりしたら面白かったのに」

 

「確かに面白すぎる!!!」

 

「やめてよー!」なんて、適当に返すと、私はグラスに半分ほどあったレモンサワーを飲み干した。酔いは、回ってほしい時に回ってくれない。むしろ、意識を鮮明にさせてしまう。徐に取り出したiPhoneでLINEを開き、“ひろわ”と記されたチャットルームを開き、打ち込んだ。

 

 

『ひろわさん、聞きたいことある』。

 

 

夢は、いつだって自分に優しい。

 

夢で会える紘和さんは、思い出せる紘和さんよりもずっと優しい。言われたことなんてない甘い言葉を囁き、キスをし、抱き締めてくれる。どうやら夢の中では、私と彼は付き合ってるらしい。手を繋ぎ、色々な場所を歩く。そう言えば、こうやって手を繋いで歩いたことも無かった。夢の中では、何でも叶う。

 

「眞代、好きだよ」

 

私も好きだよ、紘和さん。一度も言わなければ、言われたことも無いけれど、夢ではそれさえも容易い。こうやって、抱き締められるだけでいい。幸せ。

 

幸せ。

 

 

『今回をきっかけに考えたけど、恋愛対象じゃないと思った』

 

『もう会わない』

 

 

夢は、いつだって自分に優しい。

 

 

「いやだぁあああああああああああああああああああああああああ」

 

泣き叫ぶ自分の声で目が覚める。部屋の中は、もう暗い。小さな部屋の中、自分の声が響き渡り続けた。

 

「行かないでよ、行かないでよぉおおおおおおおおおおおおおおお」

 

「もっと…もっと…頑張るから…お願い」

 

2年前、彼の前でこう言えば良かった。そうしたら、こんな状態になっていなかったのかもしれない。いくら叫んでも、涙を流しても。後悔は薄れない。

 

 

現実は、こんなに残酷だったの?

 

 

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