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第三回「高野寛30周年記念ベスト『Spectra』:4320円(税込)」

 

今となっては考えるだけで不思議な心持ちがするのだけれど、かつて私たちは、音楽を聴くために、レコードやCDやカセットテープを買っていた。服を買うように、靴を買うように、新居に観葉植物を買い揃えるように。今時の若者たちの耳に、それは遠い時代の物語として響くだろう。

 

私が生まれて初めて親にねだったのは映画『風の谷のナウシカ』のサウンドトラックで、カーステレオでも聴けるようにと、カセットテープ版が買い与えられた。ちょうど居間に鎮座していた親のレコードプレーヤーがどこかへ片付けられてしまい、CDコンポに世代交代する頃だ。次に手に入れたのはTM NETWORKのベスト盤、こちらは小学校の教室で級友に空のカセットを渡すと、彼女のお兄さんがCDからダビングしてくれた。

 

うやうやしくツメを折り、レトラセットを転写して注意深くタイトルを冠する。我が家にはビデオデッキがなく、テレビを通して聴く彼らの音楽は、観ると同時に流れ去ってしまうものだった。でも私は、もう「持ってる」。ダビングテープを手に入れたその日、私は正式にそのバンドのファンとなった。たとえ正式な対価を一銭も払っていなかったとしても。

 

その後も順調に「持ってる」音楽を増やしながら10代を過ごした。図書館でCDを借りてダビング、レンタルショップでCDを借りてダビング、時には中古屋で数百円で購入、ごくたまに、奮発してレコードショップで定価購入。時まさに凝ったデザインの変形ジャケット絶頂期、ものによっては初回限定で大判写真集などついてくるので、お年玉がみるみる溶けていく。坂本龍一『SMOOCHY』の特装版を買ったときは「も、も、持ったなー……!」という感慨が重かった。CDなのにA4サイズ。23年経った今もかなり邪魔。

 

忘れられないのは12歳、親の本棚から勝手に拝借したジョン・レノンのベスト盤を、CDウォークマンで聴いていた日のこと。初めて聴いた「God」の鬼気迫る歌声に、円盤を手元に「持ってる」のが怖くなった私は、こっそり盗むつもりでいたそれを、また親の本棚へ戻した。自分が生まれた年に死んだ男の声が、光るディスクに刻まれて、地球上で今も何億枚と複製され続けている。ボタンを押すと生きて蘇る。当たり前だと思っていたことが、たまらなく恐ろしくなったのだ。

 

 

■いつかのツケを払いたい

 

今現在は部屋を片付けるたびに旧式の記録媒体を手放して、同じ音楽を配信で買い直している。つい先日は、街でたまたま耳にした日本のバンドを探し当て、サブスクリプションのアカウント経由でスマホのライブラリに新規追加した。経歴が気になって調べるうち、その曲の邦楽チャートでの位置付けと売上枚数とを見比べて愕然とする。

 

世界規模の爆発的ヒットチューンや握手券付き限定パッケージはさておき、極東の島国で日本語で歌われる地味めの音楽が、物理的にプレスされて小売店から市場へ出回るその枚数は、目を疑うほど少ない。純文学みたいな数字だ。全国ツアーでアリーナ級ホール級を埋めるアーティストが、オリコン首位を獲得してさえ初動2万枚を割ることがある、との記事まで読んだ。計算が合わない気がするのは、私が今なお「持ってる」で人気をはかっているせいか。

 

時折、ちょっとしたトラブルでApple MUSICにアクセスできなくなると、昔と変わらず「持ってる」はずの音楽を、じつは大半「持ってない」のだと思い知らされる。そんな狼狽を、サブスクリプション・ネイティブの子供たちは、きっと理解できないだろう。地球上でわずか数千人だけに円盤で所持されているという、あの若いバンドの曲を、いつか物理で買い直す日は来るだろうか。どうやって。いずれ彼らが解散したら、その旧譜を中古屋で入手することは、90年代よりずっと困難に違いない。

 

私が直近で買った円盤は、高野寛のデビュー30周年記念ベスト『Spectra』。彼の旧譜はすべて「持ってる」し、どれだけDAN☆SHARIしても一つも手放していないので、わざわざベスト盤を買い直す必要は、ほとんどない。しかしだからこそ、30年の音楽活動の軌跡に敬意を表し、未発表曲と渾身の書き下ろしライナーノーツに4000円超を支払った。

 

思い返せば高校生のとき、初めて聴いたアルバムはレンタルで、最初に買ったシングルも中古だった。大人になった今、私はそのツケを払いたい。もし今、高野寛を手元に一枚も「持ってない」というリスナーがいたら、「まず買うなら、このベスト盤だ」と胸を張って推薦しよう。長年のファンも納得の選曲、若い人たちの入門編にも最適だ。

 

机に向かって分厚い解説を読みながら、三枚組の三枚分をリッピングして連続再生すると、耳馴染みの曲たちが最新音質で蘇る。久しぶりに「私のためだけに複製された一枚」と向き合う、懐かしい時間だった。服を買うように、靴を買うように、新居に観葉植物を買い揃えるように、この光る円盤をたくさん買い足していくことが、私は大好きだった。音楽という見えないものを、触れるかたちで「持ってる」ことが。

 

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