第五回 住み慣れた家が一番「ホテル ホームスイートホーム」

 

旅行に出かけて帰ってくると「家が一番落ち着くな」とか「家が一番だな」と思わず言ってしまう。別に旅先がつまらなかったわけではない。ホテルも豪華だったし、おもてなしにも満足している。しかし、家に戻ると先のようなことを言ってしまうのが、我々、人間というものだろう。

 

1939年の映画「オズの魔法使」を見ていると、主人公のドロシーが家に戻るために「There is no place like home」と言いながら両足のかかとをぶつけて鳴らす。翻訳すると「お家が一番」ということになる。これはジョン・ハワード・ペインの「Home! Sweet Home!」という曲の一節である。

 

日本人だけではなく、世界中の誰もが「お家が一番」と思っているということだ。確かに実家を出て暮らしていても、実家に帰ると「落ち着くな」となる。三つ子の魂百までというように、いくつになっても、心は実家を欲しているのかもしれない。

 

そんなラブホテルが、福岡県北九州市にあった。ホテルの名前は「ホテル ホームスイートホーム」。お家が一番ということになる。「オズの魔法使い」を知っている人はその名前を見るとすぐにピンと来るかもしれない。

 

小倉駅からモノレールに揺られしばらく行った場所に「ホテル ホームスイートホーム」はある。古い住宅街を抜けた先にある緑地公園の近くだ。その形はヨーロッパのお城を思わせるが、外壁は緑色。しかし、バックに見える緑地公園の緑に沈み、お城であり、かつ緑色でありながら、まったく目立たない。まるでヨーロッパにやってきたような感覚に陥る。

 

入り口の白い網目状のアーチをくぐり、木の扉を開ける。アーチには季節にはバラが巻きついていたのではないだろうか。今は枯れた、おそらくバラだったと思われる植物を確認できるだけ。また足元にはホームセンターで売っている小人の置物が無造作に7人揃わずに置かれている。

 

多くのラブホテルは入り口を入っても、出迎えがあったりはしない。しかし、このホテルはエプロンをつけたお母さんが「おかえり。遅かったわね」と出迎えてくれる。知らずに入るとそのテンションに驚くのではないだろうか。とても喜んでくれている感じなのだ。

 

あんたたちの部屋片付けといたわよ、と部屋の鍵を渡される。部屋を選んだりはできないのだ。その時に空いている部屋を案内される仕組みのようだ。そして、いつまでいれるの? と聞かれ、明日の朝までや、3時間くらいかなと答えると、相変わらず忙しそうね、と少しがっかりされる。実家でのやり取りに似ている。

 

内装はいたって日本的だ。床は年季の入ったフローリングだし、壁は砂壁だ。壁に触るとザラザラとしており、少し床にその砂が落ちる。他の部屋にあの声が聞こえないのか若干心配だ。あちこちにどこかに旅行に行った時に買ったと思われる、こけしなどの工芸品が置かれ、ペナントと地名が書かれた提灯が壁に飾られている。

 

急な階段を上がり、二階の指定された部屋のドアを開ける。中には窓があり、ベッドがあり、水道があり、扇風機が置かれ、やはり新潟県の郷土玩具「三角だるま」、北海道の鮭を咥えた「木彫りの熊」、山形県の木彫工芸品「お鷹ポッポ」などか置かれている。雑然としてはいるが、綺麗に掃除されており清潔な雰囲気が漂う。鍵がないのが気になる。本当の母親のようにノックなしで、急に入ってきたりはしないのだろうか。

 

そんなことを確認していたら、ドアが開いて先ほどのお母さんが「ごめんね、あんたがいないから物置にしちゃった」とやっぱりノックもなく入ってきて、また去って行った。確かにダンボールなども目につく。念のため段ボールをドアの前に置いておいた。ぐるりと見渡すと久々に戻った実家のような雰囲気だ。外から見た時のお城の雰囲気は、中に入ると微塵も感じることはできない。

 

お風呂は共同で一階にあるので、電話で予約をして入ることになる。今は誰かが入っているようなので、30分待ってね、すぐ掃除するから、とお母さんが電話口から伝えてくれた。パイプのベッドはシングルで決して大きくない。扇風機を見ると細く切られたキラキラした紐が付いていて、電源を入れると風でその紐が綺麗になびいた。

 

洗面所の蛇口の先にはガーゼがかぶせてあり、水はそのガーゼ越しに手元へとやってくる。冷蔵庫には手作りと思われる麦茶が入っており、自由に飲むことができる。飲んでみると砂糖が入っているようで甘かった。

 

ベッドの下を見ると、いつのものか分からない古いエロ本が置かれている。洗面台にはブラバスやオロナインが並んでいる。テレビをつけようとリモコンを探すと、ベッド横の低いテーブルの上に、サランラップが巻かれたリモコンが立てて置いてあった。入れ物が味付け海苔の空き缶なのが趣深い。

 

実家だ。完全なる実家だ。どこかずっと懐かしい。実家以外のなにものでない。唯一違うのは外観がお城であること。しかし、中に入れば実家のラッシュとなっている。思わずベッドに横になり言ってしまった。「落ち着くな」と。ホテル名「ホテルホームスイートホーム」に嘘はないのだ。ずっと懐かしく、やっぱりお家が一番と思ってしまう。

 

ここに恋人と一緒にやってくると、忘れていた青春が戻ってくる気がする。それが「ホテル ホームスイートホーム」の力だ。我々の失われた、あるいは忘れていた青春がここにあるのだ。窓から見える緑地を見ながら、テーブルの上に置いてあるチラシで紙箱を折った。これを折ると100円引きになるのだ。紙箱はみかんの皮でも捨てるのだろう。帰りにお母さんがこれ持って行きなさい、とぽち袋に入った50円玉2枚をくれた。金額はともかく実家だ。さっきの紙箱の100円だろう。

 

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